誤算(戦闘編)








街に着くなり現地の女性に声をかけ、追いかけてそのまま街の雑踏の中に消えていったポルナレフを呆然と見送った一行は、今更とため息を吐くだけで、誰も彼を追いかける者はいなかった。

放っておいて、自分たちは先にホテルに戻ろうと踵を返した他の面々に、『せめて迷子にならないように』と言い出した花京院がスタンドを放ったのだが、その後思い切り顔をしかめてゆっくりと額に手をやった彼に、振り向いた承太郎が何事かと尋ねると

「あの馬鹿、無銭飲食しでかしたみたいだ。」

ぎりぎりと歯を噛み締めて米神をひくつかせるさまは普段の穏やかさからは想像も付かないほど険悪で、花京院の声に振り返ったアブドゥルも思わず身を竦めるほどの形相に、いつもならポルナレフの首根っこを掴んでしつけをするのはアブドゥルの担当なのだが、『ちょっと行ってきます』と低い声を残して街中に消えた花京院を、たじろぎながら見送った。

街の人ごみをかきわけると店主相手に平謝りにあやまるポルナレフが居て、なんとか仲裁にはいって彼の代わりに代金を払ったのまではよかったが、反省してしょぼくれながら皆の所へ戻ろうと先に歩み出したポルナレフに従い、花京院も店を出ようとしたときに、後ろから低い声がかかった。

振り向けばいかにも現地のごろつきと思しき顔ぶれが、聞き取り難い現地の言葉で何事か喚いている。
首をかしげて彼の話に耳を傾けるも、英語でも、まして日本語でもない現地の言葉を花京院がわかるはずもなく、仕方なくスタンドを忍ばせて、ポルナレフを呼び止めようと触手を伸ばすが、人のひしめく雑踏の中ではポルナレフの行方は簡単にわからない。

すこしだけ意識を集中して彼を探そうと思った矢先、
いきなり肩をつかまれて、勢いよく引き寄せられようとしたのを残ったハイエロファントの触手で払い避けようとしたところに、

「おい。」

聞きなれた低い声と共に、目の前の男が店のテーブルに派手に吹き飛んだのだった。
唖然と宙に浮いた男の軌跡を辿り、悲鳴と派手な破壊音とともに倒れこむのを見届けたあと、声の主に振り返れば、陽光を背にして花京院とその後ろに控えるごろつき達を見下ろす巨大な影が立ちはだかっていた。
日の光を背にした所為で顔まではわからないが、ぎらりと見下ろす瞳は深い緑に瞬いて、その男の顔を確かめるまでもなく、花京院は上ずった声で名前を呼ぶ。

「承―――。」

呆気に取られたまま承太郎を見上げて声をかけると、彼は返事をする間もなく、花京院の肩を掴んでひきよせて、自分の胸に押し付けた。

どん、音がするほど強く抱きしめられた所為で息もできず、思わず肺の空気が圧迫されてむせそうになる。しかし何とか見上げた承太郎の顔が、花京院を見下ろすことはなく、隆起した喉の上の鋭利な顎を見上げると、目深に被った帽子の下で、鮮やかに光る緑の瞳が、鋭く前を見据えていた。

戸惑いながらも承太郎の視線の先に振り向けば、既に騒ぎを聞きつけた野次馬たちを背に、7、8人もの男達が、手に割れた瓶や鉄パイプ、ナイフを持って二人を囲んでいる。

「どうやらテメェは、取引の邪魔をしやがったって事になってるらしいな。」

胸元から直接響く振動に、現状をやっと掌握すると、今頃になってじわじわと湧き出した緊張に、花京院はぐ、と息を飲み込んだ。

そっと息を吐き出して承太郎から離れると、二人を囲み込む男達を見渡すように地面に靴底をすりつける。

「今更、話し合いは望めそうにない、か…。」

じゃり、と音を立てて擦り付けるようにゆっくりと進めば、自然花京院の背は承太郎の背と向かい合って、ひたりと厚い制服に被われた互いの背をくっつけ合うと、今度は背中に直接、低い振動が響いてくる。

「テメェ、喧嘩したことあるか…?」
「足手まといになるつもりはない。」

ぎり、と拳を握り締めて、顎を引いたまま目の前のごろつき達を見据える。

スタンドは使えない。承太郎のスタープラチナは破壊力が強すぎて、今でさえ騒ぎを聞きつけて集まった街の連中が増えてきているのだ。スタンドのとばっちりを喰らって被害を蒙っていたのでは元も子もない。

ハイエロファンとて、呼び寄せている途中で、今すぐスタンド攻撃で彼らの動きを封じるには、残された触手ではカバーしきれない。第一動きを封じたところで、あからさまにスタンド攻撃をしかければ、どこに潜んでいるかしれない敵スタンド使いの標的にされてしまうのだ。

緊張を含んで答えた花京院の声に、承太郎はちらりと背中ごしに視線だけで振り向くと、く、と口角を吊り上げる。

「上等。」

しかし踏みしめた足が一歩、ごろつき達に向かう前に。

「大丈夫。ゲーセンのランキングで、トップを譲ったことは、一度としてないから。」
「……………………。」

続けて放たれた花京院の強張った声に、今度は上半身ごとゆっくりと振り向いた。





「何をするんだ承太郎ッ!僕は戦えると言ったろうッ!?」
「無理だッ!!」

街中を、制服をはためかせて、男が走る。
脇には足をばたつかせながら喚き続ける花京院を抱えて、時折背中を肘で突かれながらも疾走する姿は、さながら街中に突如躍り出た、野生の黒豹の如くに素早く、そして彼の腕に抱かれている少年の長い髪が風に煽られ流れるさまは、巨大な獣に浚われた乙女のようだったけれども、彼らの図体が神話や物語のように可憐で神秘的でないことは、彼らの疾走を振り返り立ち止まり見守る者達の誰の目にも明らかだった。

「とび蹴りからの三連続攻撃は僕の得意技なんだぞ!」
「アホかテメェはッ!三次元での話をしろッ!!!」

雄たけびを挙げる勢いで承太郎が暴れる花京院をしかりつける。

闇雲に街の雑踏を走るようでいて、変則的に角を曲がっては追っ手を撒く承太郎は、しっかりと花京院を抱いた腕を放さない。後を追いかける男達の声が少しずつ遠ざかる。

「とにかく開けた場所に移動した方が―――。」
「あ、あれッ!承太郎、車があるッ!」

『4時の方向!』と叫ぶ声に振り返ると、店の前におきっぱなしの古い乗用車が見える。

「あれに乗ったら、撒けるかもしれない。」

『キーならスタンドでなんとかなりそうだし』と続ける花京院は、見下ろす承太郎に腰を向けたままだ。

足をひどくばたつかせる花京院を下ろして、泥に汚れた乗用車に走りこむと、二人は飛び込む勢いで、車に飛び込んだ。

ぎし、と強い音を立てて二人を迎えた座席のスプリングは、並んで座った彼らが席に着くなり、しん、と静まり返る。

あとはこの車が発射すれば。
ホテルからの距離は遠くなるだろうが、とりあえずごろつき達からは逃れられる。
喧嘩などしょっちゅうで、むしろ戦闘慣れしている承太郎だが、隣の男は明らかに肉弾戦にはむいていないし、旅の途中での揉め事もできるなら、避けたい。

ふぅ、と長い息を吐き出して、徐に隣の座席をみやれば。
同じようにゆっくりと振り返り、承太郎と同じく後部座席に座る花京院と目が合った。





「何で運転できないくせに車に乗り込むんだよ!!」
「煩ぇッ!テメェが運転すればいいだけの話だろうがッ!!」
「僕今、免許持ってないもんッ!」
「免許云々の話かッ!!!」

喚き散らしながら走る花京院を追いかけて、承太郎も怒鳴り散らしながら街を走る。

「不良のくせにッ!なんで運転できないんだ!」
「不良関係ねぇだろうがッ!!!」

『免許くらい肌身離さず持ってろ』と返す承太郎も、既に冷静な判断力を失っている。
ごろつき達はさっきの車のやり取りの所為で大分二人に追いついたらしく、叫び声の意味は分からないまでも、声色から相当に怒り心頭に暴言を吐いているだろうことはわかる。

花京院の背中をみやれば彼の廻りからはスタンドの気配は消えている。呼び寄せは終わって解除しているらしい。
承太郎は前を行く花京院の腕を掴むと、ぐ、と引き寄せて砂煙を上げて立ち止まった。

「しゃらくせぇ。此処でけりをつけるぞ。」
「此処なら充分だ。」

振り返り拳を振り上げ承太郎が叫べば。
花京院は振り向きざまに手を翳して、放射状に翠の糸を解き放つ。

そうして、ものの数分と経たないうちに。
足元に何人もの男達の悶絶して倒れこむのを輪にして、帽子を被り直し、制服の埃を叩いて身なりを整えている二人の姿があった。


「とんだ時間の無駄使いだったぜ。」
「…元はといえば、ポルナレフが悪いんじゃないのか?」

ポケットから煙草を取り出して口に咥える承太郎に、長い後ろ髪を肩から払って、花京院が返す。

「とにかく、ホテルに戻らないと。」
「其のことだがな、花京院。」

蠢くごろつきの一人が、懐からナイフを取り出すのを承太郎の足が男の手首を捻り潰すことで制して声をかける。


「此処が何処だか分からねぇんだが。」
「…………………。」

振り返った花京院が、陰険な目つきで承太郎を睨むと、彼の背後から現れたハイエロファントがホテルを探しに天に昇っていった。





2008/11/3 日記より転載





友情ですよ?
…多分。
そして承太郎さんと典明さんにしては考えなしの言動…(泣)