手と指と



円卓を囲んで、承太郎と花京院は、隣の席に着きながら、ほかの面々が次々に注文を頼むのを、一人は笑顔のまま、一人は興味もなさそうに、無言のまま見守っていた。

料理が運ばれてくる間、これからの計画や、今までの旅の総括、そして現地での注意など、旅行慣れしたジョセフを筆頭に、次々と話が飛び交う。

やがて店員が連なって持ってきた料理が、次々に円卓に並ばれると、それまで緊張した面持ちで旅の話や、敵スタンドの話をしていた皆も、自然笑みに顔が緩んで、

「腹が減っては、何もできねぇっつうからな。」

身を乗り出して湯気の立ち上がる料理の匂いに鼻をひくつかせるポルナレフを筆頭に、姿勢を崩し始める。

思い出したように酷い空腹が襲ってくると、立ち上る湯気と旨そうな匂いに、自然口の中から唾液が滲み出て、皆はテーブルに置かれたグラスをとろうと銘々が手を伸ばした。

「失礼、承太郎。」

其の中で承太郎と花京院のグラスは連なって、承太郎の目の前に花京院の分のグラスも置いてあり、花京院は承太郎に身を寄せるようにして手を伸ばす。

差し伸ばした白い手は、制服の袖から筋の露に成った腕をちょっぴり覘かせて、承太郎に手首の内側をさらす。

掌から腕に向かって真直ぐ伸びる腱は真直ぐに、日に晒されていない所為で、酷く白い。

それはテーブルに降り注ぐ電光が、黄ばんだ白熱灯であるにも関わらず、紙のように白くて、深い緑の制服との対比を成して、嫌に儚く見えた。

優雅に首を傾ける掌は、水を注いだグラスを指で絡めて、ゆっくりと承太郎の目の前を通り過ぎていく。

くすんだグラスを握る指先に、薄紅に染まる爪が乗って、軽く握る為にくしゃりと皺を成す掌を撫でている。

ちらちらと翻る袖口が、花京院が手を引くのに合わせて、少しずつ手首の内側を隠していく、それが惜しくて、承太郎は目の動きだけで過ぎ去ろうとする彼の手を追いかけた。

浮き出た手首の腱を飾る青い血管が、白い手に巻きつく蔦のように彼の腕を彩って、繊細にうねる何本もの細い管の、生白い皮膚の下で青に紫に色を変えながら腕に溶け込むようにして埋まるのを、目を細めてみやれば、其の脈打つ音までも聞こえたような気がして、承太郎は思わず唾を飲み込んだ。

「じゃあまず、乾杯といくか。」

ジョセフの弾んだ声に我に返れば、承太郎を残した皆は既に手にグラスを持って、乾杯の準備をしている。

慌てて(しかしそれを悟るものは誰一人いなかった)グラスを引っ掴み、円卓の中心に掲げる食事の前の『儀式』と化した乾杯の声を低い声で呟くと、隣で息を転がすようにころころと笑う花京院の声に、承太郎は振り切るように顔を顰めてグラスの水をぐい、と飲み干した。

食事の後の団欒も穏やかに続き、そろそろ各自の部屋に戻る頃になって、皆徐に席を立つ。

今日の宿はホテルの5階にポルナレフ、ジョセフ、6階にアブドゥル、花京院、承太郎と、それぞれに一人部屋を宛がわれて、皆寛いだままエレベータに乗り込んで、階の別れた者と手を挙げあって挨拶を交わした。

長い廊下はしんと静まりかえり、淡い光に照らされた床には上等の絨毯が敷き詰められて、並んで歩く三人の足音を掻き消している。

先に自分の部屋にたどり着いたアブドゥルが後に行く二人に振り返ると、それまで笑みを絶やさないで居た花京院は更に顔をほころばせて、食事の間から一言も口を利かずにいた承太郎は目深に帽子を被ったまま、アブドゥルにお休みの挨拶をする。

パタンと音を立ててしまったドアを通り過ぎれば、今度は花京院の部屋だ。

「じゃあ承太郎。僕も先に休むよ。」

振り返りながら見上げる花京院は、先ほどの朗らかな笑みとは違い、心なしか気遣い気味に承太郎を見上げてくる。

『酷く無口だったから、疲れているんじゃないか』と首を傾けて、たわんだ前髪を肩にかけたまま一歩、花京院が承太郎に近付けば、そっと手を伸ばして、じっと自分を見下ろしてくる男の頬を指先で撫でた。

遠慮がちに触れる指は承太郎の凛々しい頬を滑って、閉じたままの唇を掠める。

ふっくらと柔らかな赤は花京院の白い指にはあまりに色が強く、彼は怯えるように触れた指を引くと、声を掛けても頬を撫でてもじっと花京院から目を離さない承太郎から離れようとした。

戸惑いがちに握り締められる掌がまた、細く長い爪に隠れて、真白な手首の内側が承太郎の目の前を通り過ぎる。

今度は間近でみた腱の、蒼くのたうつ血の道を認めると、承太郎はその手が離れてしまう前に、しっかと手首を掴んでいた。

「承―――。」

花京院が、承太郎の名前を呼ぼうとして、それができずに息を呑む。

承太郎が、掴んだ掌を引き寄せて、血管の浮き出た手首に口付けてきたからだ。

押し当てるだけの唇は、とく、とく、と刻む脈の動きを読み取って小さく開かれる。

そのまま音を立てて一際浮き出た血管を吸い取り、歯を立ててひっかけば。

「んッ。」

ひくりと肩を竦ませて、花京院が掴まれた手を引き戻そうと力を込める。

「………来い。」

少しだけ力の篭る手首を微塵も揺り動かすことなく、しっかと唇に押し当てたまま承太郎が低く呟けば、熱い息が皮膚の薄い手首に当たって、またひくりと花京院の肩を竦ませる。

半ば強引に、花京院の手を引く承太郎が、花京院の部屋の前を通り過ぎる。抗議の声を挙げようとしてアブドゥルの消えた部屋のドアに目をやったまま口を噤む花京院の、爪先のつんのめる音を聞きながら、彼は乱暴に自分の部屋のドアを開けた。

部屋に入るなりドアの閉まる音がする前に、花京院に被さって抱きすくめた承太郎は、けれど彼の唇に自らのそれを絡みつかせることなく、竦んだ肩に顎を乗せて項に鼻を埋める。

脱げた帽子が床に転がるのも構わずに、深い息をゆっくりと吸い込めば、花京院の髪から漂う僅かな体臭と整髪料の混じった香りが、一層承太郎に強く花京院を抱きしめさせた。

「……そういう、ことか。」

呆れて、むしろ諦めて息を吐き出すのと同時に肩を落とした花京院が、しっかりと抱きしめたまま覆い被さる承太郎の項から見える薄暗い天井を見上げれば、ぐいと引き寄せられた腰に、更に背をそらせる。

そのままふわりと抱き上げられて、はたはたと脚をばたつかせる間もなく、ほとんど投げ込まれるようにベッドに仰向けに降ろされると、スプリングに跳ね返される間もなく自ら制服の上着を脱ぎ捨てた承太郎が覆い被さってきて、受け止めようと手を伸ばした花京院が承太郎の厚い筋肉の塊のような身体の重みを感じる前に、また手を取られる。

「……承太郎。」

けれどそのまま引き寄せられて、承太郎の重みを全身で感じることも、柔らかな唇に息を堰き止められることも、無骨な手に頬や腹や、髪を撫でられることもなく。

承太郎はまた、部屋に入る前と同じように、花京院の手首に口付けては、音を立てて啄ばんで、筋や血管を甘く噛んでいた。

カリ、と音を立て、時折舌を這わせて、何度も腱を行き来する唇や歯が、呆れ顔で見守る花京院の息を、少しずつ乱れさせる。

「承太郎……。」

けれど彼の唇が、手首から下へ降りることも、離れてうっとりと承太郎を見上げる花京院の唇や首筋にかかることもなく、ただずっと、ベッドに手を突いたまま、片手で掴んだ花京院の手首を愛撫し続けた。

柔らかな唇が、ぬめる舌が、硬い歯列が手首の腱を噛む度、ひくり、ひくりと脈うつ血管を食む度、しびれるような疼きがじん、と花京院の芯を燻って、何度も息を呑む。

ベッドに仰向けになっていた身体は、手持ち無沙汰に脚を投げ出していたが、脚の間に挟んだ承太郎の身体を軽く蹴って起き上がると、身体を引いて承太郎に向き合った。

「…なぁ。」

少しだけ期待した、廊下での性急な求愛や、ベッドにたどり着くまでの荒々しい行為は、今ではかえって花京院を不安にさせて、上着を投げ捨てたのも、ただ高めの空調を整えるのが煩わしいだけなのかもしれないと、何時までも手首にばかり気を取られている男を見上げるが、甘えたように声を掛けても、承太郎が花京院に向き合って抱きしめることも、きっちりと着込んだ制服を脱がそうとすることもない。

じれったい、決して散漫ではないけれど、どこか物足りない愛撫は、むずむずと競りあがった花京院の熱を燻って居心地悪く、これでは自分独り昂ぶって、持ち上げられた感情に取り残された気になってしまう。

目を瞑ったまま手首を舐り続ける男はそんな花京院の気持ちなぞ知らん振りで、自らの施す唇での愛撫に忙しい。

居た溜まれずに、そんな承太郎から目を逸らせば、突いた手の、体重を掛けた所為で色濃く変色した腕が、真直ぐ柱のようにベッドに突き刺さっているのが目に入った。

根太い腕は真直ぐに伸びて、筋肉の隆起も甚だしく肩へと続いている。

袖のないシャツの所為で露になる前腕も上腕も、むき出しの肩も、一つ一つの名称のある筋肉の区別がくっきりとつくほどに引き締まり、それに巻きつくように太く絡みついた血管が、出血に流す血よりも毒々しい青に彩られている。

びくり、びくりと鼓動を刻む血管は、次第次第に濃く染まっていく腕の色と対を成して蒼く、堅い肉の上をすべり、じわじわと浮き上がって、手の甲へと続いている。

ごつごつとした腕に、押すときっと柔らかいだろう浮き立つ血管の筋を目で辿っていると、花京院は酷く口の中が乾いているのに気付き、何度も水を求めるように唾を飲み込んだ。

そっと首を伸ばせば、目の前の強固な筋肉の棍棒のような腕が、すぐ目の前にあって、血の流れる管を覆う皮膚を、乾いた舌で掬い上げる。

湿り気の足りない所為でひたりとくっつく舌先でぷっくりと浮き出た血管をつつくと、案の定其れは柔らかく、そのまま噛みとってしまいそうなほど素直に押しつぶされた。

とろりと喉の奥から湧き出た唾液に、濡れ始めた舌を潤して、唇を舐めると、そこで初めて目を開いて花京院を見下ろす承太郎を目が合う。

濃い緑の双眸は電光を映して潤んでいて、瞬きの度に音がする程長い睫の下で舌を伸ばしたまま承太郎を見上げる花京院の顔を映している。

挑発に似た、むしろ媚びるような視線で承太郎を凝視したまま、花京院の唇はまた承太郎の腕へと引き寄せられて、今度はゆっくりと血管を辿って肘の内側を舐め挙げた。

肘窩に露になる血管を何度も齧って、上腕へと下る血管を、尖らせた舌先で辿る。徐々に屈んでいく躰は、背を逸らせている所為で腰を突き出し、ベッドに突いた手首にたどり着くと、放射状に伸びる骨の合間のくぼみにそって、音を立てながら口付ける。

「ん……ふ…っ。」

承太郎の腕を、両手で掴んで持ち上げるよう促せば、動きに従い差し出した指先を、待ち望んだように口に含んで、親指から人差し指、中指と順にしゃぶり、手を挙げた所為で徐々に消えていく手の甲の血管を惜しむように、また舌を伸ばして辿り始めた。

「てめぇ…。」

ぎり、と承太郎が歯を食い縛る音がする。花京院はそれにも構わずに、滑らせた舌を指の股へと移動して、たっぷりと濡れた舌先でつついてやる。そのまま指先に進んで、人差し指と中指を重ねて口に含むと、爪先を噛んで、奥まで導く。

指を奥まで取り込んで、唇を窄めて歯を立てると、口内でひくりと揺れる指先に舌を絡めて舐ってやる。くち、と音を立てる中はねっとりと唾液を承太郎の指にこすり付けて、動こうとするのを手首を掴んだ両手を強く握ることで制すると、花京院はゆっくりと頭を前後に揺り動かして唇で擦り始めた。

ん、ん、と喉の奥から洩れる声に合わせて前後する唇は、承太郎の指を擦るにつれて赤く染まり、滴り始めた唾液が彼の顎に伝ってもその動きをやめる素振りは見せず、どころか切なそうに眉を顰めて動きを早めれば、キシ、キシ、とベッドの軋む音が響き出す。

初めは戸惑いながら花京院の動向を見守っていた承太郎も、今では荒い息を吐き出して、肩を怒らせると、時折すぼめた唇を開いて舌で指の腹や側面を夢中で舐める花京院の髪を引っ掴み、ぶち、と音を立てる後頭部を引き寄せた。

互いに荒い息を吐いたまま見詰め合えば、濡れた花京院の唇の合間から真赤に染まる舌が垣間見え、それはたっぷりと奥に溜まる唾液の中で、誘うように蠢いている。

溜まらず噛み付くように唇をぶつけて舌を差し込めば、奥へ奥へとのたうちながら進む承太郎の舌から逃げようと、花京院の舌も口内で蠢く。

「んむ……っ。」

角度を変えて一層深く、やっと捕らえた舌を絡めて吸い上げてやると、じゅ、と音を立てて零れた唾液を啜る音がなり響き、二人は同時に手を突き出して、承太郎は花京院の制服のボタンを引きちびるようにして開き、花京院は承太郎の頭に指を差し込んでかき回して、どさりとベッドに寝転んだ。

承太郎のシャツをたくし上げる手を緩めて、花京院は転がりながら開いた上着を脱いで、シャツだけになれば、ベルトにかかってくる手が、腹の引き締まった筋肉にぶつかって、殴られたような衝撃をうける。其の度に花京院は苦しげに喉の奥で声を挙げると、それが承太郎の指の動きを早めて、解いた皮のベルトを抜き取った。

パチン、と音を立てて引き抜かれたベルトを床に投げて、ズボンを引き降ろすと、承太郎はむきだしになった下肢に、手を伸ばすよりも先に屈みこんで、既に形を成した中心を飲み込もうとする。

けれど噛みつかんばかりの勢いの承太郎の顔が近付く前に、花京院の脚が彼の行く手を遮った。

「駄目。」

頬に脚の甲を押し付けてくる花京院を煩そうに払いのけるが、彼はもう一方の足を突き出して、脚を閉じる。

ぐりぐりと親指で頬を押し、滑らせてひたひたと叩くと、足首を掴まれて開かれるのを承知で、行儀悪く押し付ける。

「テメェが脚癖悪いなんざ、初めて知ったぜ。」

案の定足首を掴んで大きく開けば、肩に僅かに引っかかるだけのシャツをシーツの上に広げて、頬に髪を貼り付かせたまま上気した顔が、じとりと承太郎を見下ろしてくる。

「さんざん僕を煽ったくせに。」

『今更好き勝手になんかさせない』と喉の奥で掠れた声を発して、頬をひくつかせるように笑えば、

「乗ってきたのは、テメェだ。」

承太郎は土踏まずを親指でぐ、と押しながら、両足を肩に引っ掛ける。

尚も『駄目。』と繰り返す花京院は、膝を閉じる。

長い脚を退いて承太郎の肩から脚を退けると、近付こうとする顔に爪先を突き出して、喉に刺さる寸前でぴたりととめる。

「おい。邪魔すんな。」

苛立ちを露にする承太郎が激しく舌打ちするのにも臆さず、どころか一層ほくそ笑んで、突き出した指先で承太郎の顎を取ると、掬い上げて顎に親指の爪を擦りつけた。

「舐めて。」

細めた瞳が褐色に瞬く。

「手だけじゃ足りない。こっちも。舐めて。…僕が達(い)くまで。」

殊更ゆっくりと唇を舐め挙げて、熱い息を吐き出したまま囁くと、足を滑らせて、親指の側面で承太郎の頬を撫で上げる。

好き勝手に動く足は真白に蠢いて、薄暗い部屋にぼんやりとした光のように浮かび上がっている。承太郎は暗い瞳を一度強く顰めて、歯をむき出しにして花京院を睨みつけると、頬を撫でる脚を払いのけて足首を掴み、土踏まずに噛み付いた。

音を立ててガリ、と噛み付けば、浮き出た血管にそって、今度はちろちろと舌先で撫でる。

くすぐったさに肩を揺らして笑う花京院は、皆の居た時と同じように、ころころと喉を鳴らして背を逸らせる。

気だるげに髪を掻き揚げて、自分の我侭に付き合い従順に足を舐める男を見下ろす姿は、普段の禁欲や実直さに似ず、無邪気でありながら何処か卑猥で、どこにそんな貌を隠し持っていたのかと感心すらして、承太郎は釣られて哂いながら、指先へと唇を移動させた。

手の指よりは太いそれは、手首の白とは違い、内臓がむき出しになったように生々しく、誰にも触れられることも、また見詰められることもなかった彼の躰の内側を曝すようで、指の腹の盛り上がった肉も、横に長い爪も、繊細な手の指に比べればずっとグロテスクに見えるのに、その上の甲は冬の花がそっと蕾から開く寸前のように乳白色を成していて、撫でてやればさらりとした質感が、指先を啄ばむ承太郎の手に伝わる。

親指を口に含んで吸い取ってやると、息を呑む気配が伝わり、長く吐き出す息が興奮と期待を交えて洩れてくる。奥まで含んで歯を立てれば揺れ、舌の先で爪と指の狭間をつついてやれば震えて、ひくりひくりと目の前で揺れ動く甲の上の血管が、一層擡げてくる。

「あ、あ。」

一本、一本、順に含んで濡らしていくのは、先ほど花京院が承太郎の指先を舐ったのとまったく同じ仕草だ。

けれど引き抜く時に濡れた爪に上唇を引っ掛けて、名残惜しげに音を立てて啄ばんでやれば、花京院は溜まらず顔を逸らして息を吐き出した。

小指まで丹念に舐めてやってから、指の股に舌先を掛けて、唇は薬指から足首へと伸びる血管を辿り、踝へ。

其の間中承太郎はじっと花京院を見下ろしていた。瞬きすらせず、彼が余裕なく額に手を突いて自らの髪を掻き毟って快感に堪えるのを、声も掛けず。

背中にぞくぞくと伝う快感に抗うようにのたうって花京院が背を逸らせば、肩に引っかかっていたシャツが滑って、小さな赤い突起を突き出す。承太郎の唇の愛撫を受けないままの片足はゆるゆると脹脛を撫でられて、ふつ、ふつと皮膚は鳥肌に変わる。戦慄く膝頭は何度も承太郎の手から逃れようと退こうとするが、その度に承太郎の無骨な指が彼の脹脛を鷲づかみにして離さない。

何度も足の甲を行き来する舌が、赤く色づき始める甲に浮かび上がっていた血管の盛り上がりを押しつぶして、それは持ち上げた所為で消えていくのだけれど、徐々に皮膚の中にうずもれていくのが惜しくて歯を立てれば、溜まらず花京院は小さく悲鳴を挙げて承太郎の名前を呼んだ。

指先の、鋭い感覚は下肢に齎されるなおざりな愛撫よりも強く快感を齎すらしく、擡げた芯はとろりと濡れて、腿を摺り寄せて隠す仕草が、先ほどの大胆な発言に似ずにあどけない。

涙を滲ませて承太郎を見下ろしながら、洩れる声を抑えようと手の甲を噛むしぐさも、嫌に幼く、つい絆されて望みを叶えてやりたくなる反面、もっと悶える姿が見てみたいと、意地悪く焦らしてみたくもなる。

結局、最初に彼が命じた通り、満足するまで脚を舐ってやろうと…承太郎自身、彼の脚は酷く気に入る処だったので…腹を決めて、脚を開かせて膝摺り寄るままに近付くと、親指の関節を噛んで震えながらも次の愛撫を期待する花京院に目配せして、踝を燻っていた舌は一端後ろに廻り、甘くアキレス腱を噛んで、内踝に口付けた。

「は……あぁっ。」

腱は彼の急所だったらしい、一層上ずった声を洩らした花京院は、両手で顔を覆って、愛撫からせめて顔だけでも逃れようとする。

「駄目だ。ちゃんと見てろ。」

『自分から言い出した事は、最後まで責任を持てと、教わらなかったのか。』と意地悪く内脹脛を唇で撫でながら低く囁けば、花京院は涙に濡れた真赤な瞳を曝して、しゃくり上げながら承太郎に向き合った。

「だったら、もっと…。」

『ちゃんと触って』と嗄れ声で花京院が強請る。掠めるような口付けは皮膚の表面をざわざわと軽く快感が通り過ぎるだけで、決定的な刺激の無いまま中途半端に昂められているのだ。

泣き言のような要望に、承太郎は目を細めるだけで答えると、脹脛を伝っていた舌を膝まで持ち上げて、頼りなく線を描く青い血の道に、ことさら恭しく口付けた。

音を鳴らして舌を押し付けて、膝窩を指で押せば、膝頭にもまた、唇を押し当てる。

ぼんやりと、涙に潤んだ瞳で浅い息を吐く花京院に微笑みかけると、肩に脚を担いで内股へと唇を進めた。

青い糸は彼の内股を這って付け根へと続いている。どこもかしこも硬い男の躰の中で、そこは比較的柔らかく、肉の乗った内腿は、汗でしっとりと塗れて、開かれた奥をも露にしている。薄紅の其れは承太郎が舌で、唇で撫で付けてやると面白いように揺れて、その度にふるりと震える芯からはぷくりと湧き出た液が滴って、赤く色づいた実のような先端を濡らした。

ふくよかな臀部を腰を持ち上げて撫でさすれば、、たまらず花京院が声を挙げる。

しなやかな下肢の中で子供のそれのようにふっくらと柔らかい脚の付け根へと顔を進めると、ほんの僅かに香る、栗の実のような性の匂いに、自然喉を鳴らした。

嚥下する音が響いて、釣られるように目の前の肌が震える。

興奮に逆立った恥毛を鼻先で掻き分けてやれば、

「やだぁ…。」

短く熱い吐息に触れてひくひくと揺れる芯を擡げさせたまま、花京院がすすり泣いた。

そっと伸ばした舌を、脚と躰の境界の、鼠径部へ。

開き放しで痙攣を始める筋の間に、うっすらと見える血管がここにもあって、承太郎は貪るように歯を立てて噛み付いてやると。

「―――あぁッ」

あっけなく、むしろ花京院にしてはようやく、溜まりかねた欲望を解き放った。

自らの腹にぶちまけた性が弾いて、承太郎の頬すら汚す。頬を手の甲で拭って顔を挙げれば、放逐の後の放心した顔で、激しく胸を上下させていた花京院がそれに気付き、慌てて起き上がった。

「あ…、ごめんッ。」

オロオロと、瞳を泳がせて手を伸ばして性に濡れた後の頬を拭おうとするのを、承太郎は手首を掴んで引き寄せる。

「わっ。」

勢い付いた躰は簡単に持ち上がり、承太郎の膝の上へ。

「テメェ一人、達ってんじゃねぇよ。」

開いた躰を膝の上に乗せたまま、にやりと掬い上げるように花京院を見上げる承太郎は、ベルトすら解かずにいて痛い位に擡げた下肢を花京院の後孔にこすり付ける。

たくし上げられたシャツは胸の筋肉の盛り上がりの所為で引っかかって汗に塗れ、煩そうに髪を掻き揚げれば、露になった額がすぐ花京院の目の前にあって、花京院が皺のよる眉間に口付ければ、臀部を揉みしだいていた承太郎の指はその乱暴さに似ずそっと花京院の秘部へと宛がわれた。

「ひぁっ。」

ひくん、と躰を逸らせれば胸に乗る真赤な乳首が承太郎の目の前で揺れる。

左右を交互に啄ばんでやりながら殊更に優しく、中に埋めた指を抜き差しして、震えながらベルトを解く花京院の動きを手伝い腰を浮かせて前をくつろげると、既に天を突くほどにいきり立った芯は並々と体液を湛えて、赤黒く染まっていた。

「承太郎…承太郎…っ。」

耐え切れずに欲しがって名前を呼ぶのは、花京院の癖だ。

自ら腰を揺らして強請る彼の睾丸が、限界まで昂ぶられた承太郎の鈴口をこすり付けて、獣のような唸り声を挙げる。

「あんま…濡らしてねぇから…きつい、ぞ。」

「いい、からッ。」

ふう、ふう、と息を継いで額に汗を滴らせる承太郎の頭を抱え込んで、花京院が悲鳴のように言い捨てると、息すらまともにできない程の浅い息を、承太郎の耳に注ぎ込んだ。

「…いれて。」

舌っ足らずの息だけで紡いだ声で囁かれて、ふつりと承太郎の中で何かが切れる音がした。

其の後は、もう。

理性も何もかなぐり捨てた裸の躰が二つ、激しく上下に揺れながら、軋むベッドも、荒い息も、皮の打つ音も、水の弾く音も、抑えようもなく響かせて、お互いを貪り喰う勢いのまま、高みへ先を競うようになだれ込んでいった。

やがてベッドが壊れてしまうのではないかという位の長い、激しい抽迭の後で、一際深く穿たれた躰が、悲鳴を挙げてぱたりとベッドに手を投げ出す。

肩に担がれた脚が滑り落ちて、開かれたままシーツに沈むと、覆い被さる大きな影もまた、糸の切れたように白い肌の上に崩れ落ちた。

少しでも多くの酸素を取り込もうと大きく開いた口は声を出すこともなく、ただ荒い息を吐き出して、それでも昂揚した頬をひたとくっつけて、米神ににじむ血管に伝う汗を吸い取りあって、鼻先を擦り付けあう。

顔を覗き込んで花京院の濡れた唇を啄ばんでやれば、彼は無邪気にまた、ころころと喉を震わせて笑う。

一つの声色に多彩な意味をつけて笑う彼は、今は幼子のようにあどけなくすら見え、ゆっくりと伸ばした手が、承太郎の濡れた髪を梳いてくるのが気持ちよく、ふ、と鼻を鳴らして目を細めれば『犬みたいだ』と彼はまた、息を震わせる。

頬を滑る指先を掴んで、手首を目の前に翳せば、生白く血管の浮き出ていた其処は桃色に染まって、青い線との対比も美しく、承太郎は引き寄せられるままに唇を押し当てる。

何度も何度も啄ばんで、殊更愛しげに手首に口付けてくる承太郎に、花京院が首を傾げれば、シーツに擦れた髪がしゃり、と音を立てた。

「きっかけは、何だったの?」

眉を挙げて花京院に目をやる承太郎に、瞬きをして答えを待てば、『グラス持った時の、お前の手首の血管がな。』

「…誘っているように、見えた。」

悠然と目を細めて笑みながら、承太郎はまた音を立てて手首に口付けた。

「…莫迦。」

呆れて眉尻を下げたまま呟けば、くつくつと肩を震わせて、承太郎が笑う。

何時までも手首を舐め続ける彼に、『仕方ないな』とため息を吐いて、空いた手で彼の首を揉んでやりながら引きよせれば、数度しか重なっていない唇は、互いの肌を恋しがるように吸い付いて、一際大きな音を立てた。







*血管小説