西瓜



 

クーラーもつけずに、網戸から吹き込む風を扇風機でかき回して、湿度の多い部屋で抱き合った。

汗に濡れるのは日の照りつける昼間の、いい加減纏わり付く湿気の所為だけでなく、
重ねた肌を擦りあって、息切れを繰り返す所為だ。

裸の躰で畳に寝転がって、覆い被さる承太郎を受け入れる花京院は、虚ろな視線を天井に向けて、喘ぎの合間に息を呑んで、其処だけは乾いていく喉を潤そうとする。

木目の天井が涙で滲んで、その模様が渦を巻き、眩暈を起こしそうになるのを、揺さぶりかけてくる背中にしがみ付いて耐えながら、もう何度も繰り返した、抽迭の果ての恍惚に翻弄される。

荒い息は余計に汗を促して鼻腔を掠め、その匂いすら、興奮を促す要素にして、徐々に早くなる動きに合わせて声を洩らす。

『帰っても誰も居ない』と、今更のような言い訳に苦笑一つ洩らして、花京院は誘われるままに承太郎についてきた。

蝉時雨の鳴く中を、じっとりとかいた汗に背中を濡らしながら歩く道は、道路に立ち込める熱が遠くの街並みをゆらゆらと揺らして、うだるような暑さを助長させる。

じりじりと照りつけてくる太陽の光は二人の頭から夏服の学生服の下の肌までも焼き、立ち込める湿気は薄い膜が肌に直に纏わり付くように、額の汗を拭う仕草を繰り返させる。

そのくせ偶然に触れ合った腕の、ひんやりと冷たい感触に、湧き上がったのは汗ではなく芯に疼く熱さで、それまで他愛無い会話に時折虚ろな視線を向けては笑い合っていたのが、急に掛け合う言葉を失って黙り込んでしまう。

承太郎の家に着くまで、結局それきり一言も会話らしい会話を重ねないまま、久しぶりに聞いた互いの声は帰宅を告げる、又は来訪を告げる挨拶だった。

しん、と静まり返る屋敷の、奥に続く廊下の薄暗い様に、疼き出した芯は否応なしに高まって、気付けば乱暴に靴を脱いで、もつれる脚に廊下を滑らせながら、部屋へ着くなり抱き合った。

けたたましい蝉の音は、開け放しにした窓から見える広い庭の緑から聞こえてくるのだろう、街中を歩いていたよりもずっと近く、大きく響くのに、それ以上に荒く繰り返される互いの息遣いに、外の雑音はみななりを潜めて、押しやられた耳鳴りのように聞こえる。

動く度に擦れる、畳に擦り付けた肌が、ざりざりと音を立て、汗に沁みる背中に、きっと傷がついて赤くなっているだろう、そんなことをぼんやりと思いながらも、片方だけ引っかかった靴下のまま、畳に指先を何度も擦らせる。

打ち付けられる度に弾く濡れた皮の音に、粘液の溢れる音が混じって、悲鳴に似た嬌声をあげれば、

奥深く、自身を花京院に埋め込んだ承太郎が、動きを止めて、詰めていた息を吐き出した。

胎内で、互いの腹の間で吐き出された欲の証は熱く注がれながら、次の瞬間は温く肌を伝い、どろりと纏わり付く不快感を齎す。

大きく揺れる肩口から、ぼんやりと天井の沁みを睨みつけていた花京院の目が、少しずつ視力を取り戻していくころに、殊更多きな息を吐き出して、承太郎が離れていった。

今だ切れた息を紡ぎながら、互いにごろりと床に転がれば、触れ合ったむき出しの肩の熱さに顔を見合わせる。

上気した頬を畳みにこすり付けて、濡れた髪を額に張り付かせる花京院に、開け放しの唇を濡らして、乱れた呼吸を整えようとする承太郎の手が伸びて、頭を引き寄せた。

けれどもう一度抱き合うには、収まった芯の疼きと温度を下げた胎内では、纏わり付く湿度の不快感を上回ることはできず。

結局音を立ててぶつかった頭を、髪を絡ませるように擦り付けて、襲ってきた眠気に目を閉じた。

「……暑い。」

どちらともなく呟いた声に、むくりと承太郎が起き上がる。

放り投げたままのズボンを手探りで引っ掴む彼の背中は、畳の模様が付いて、汗にてかる背中の模様に、花京院は思わず苦笑しそうになるけれど、それよりも深く刻まれた、左右に斜めに刻む赤い線に、慌てて顔を逸らす。

眠る前に上掛け代わりに羽織った自分のシャツに顔を埋めて、火照る頬を畳にこすり付けながら、承太郎が服を身につける気配を追う。

「確か、西瓜あったな。昨日買ってきてたみてぇだったが。」

『冷えてっかな。』と呟く彼に、シャツから鼻の上だけ顔を覗かせると、立ち上がった承太郎が花京院に振り返る。

「食うか?」

「……食う。」

所々に抱き合った跡を残したまま、裸の身体を晒して訊ねる承太郎に、彼は掠れた声で頷いた。

暫くして切った西瓜を乗せた盆を片手に現れた承太郎に、服を元通り着こんで扇風機の風に声を震わせて遊んでいた花京院が振り返ると、承太郎は一瞬片眉を挙げて『つまんねぇ』と呟いて、二人の間に盆を置いて胡坐をかく。

覗き込めば丸々一個の西瓜を四等分に切っただけの、すこぶる大きな形のまま、2つ並べられている様に、花京院が呆れて思わず承太郎に振り向けば、彼は手に直接持ってきた塩の瓶を、彼の鼻先に近づける。

「要るか?」

「…いや。このままで。」

「そうか、俺もだ。」

言うなりコトリと盆に瓶を置くと、今度は何処から取り出したのか、スプーンをずいと花京院の鼻先に差し出してくる。

「要るか?」

「…うん。ありがとう。」

「俺は要らねぇ。」

言うなり盆の上でゆらゆらと揺れる西瓜を引っ掴むと、恐らく腕に引っ掛けていたのだろう、濡れタオルを盆の上に置いて『使え』と言い捨ててかぶりついた。

水分を充分に含んだ西瓜の、水にかぶりつく音が響き、承太郎は咀嚼したまま、手の甲で濡れた頬を拭う。

器用に種を舌の先に集めると、呆然と見守る花京院を尻目に盆に直接種を吐き出す。

唖然としたまま承太郎の西瓜を『喰う』仕草に花京院が見惚れていると、彼は視線だけを移して『食わないのか』と促してくる。

慌てて盆に載ったままの西瓜を手にとって、スプーンで露になった種を穿りだしてから、果肉を掬い取ろうとして、一瞬の戸惑いの後、花京院は徐にスプーンを盆に置き、両手に持ち直した西瓜にかぶりついた。

驚いてまじまじと見詰めてくる承太郎の視線を傍らに、長い前髪を耳に掛けて汚れないようにしながらも、口いっぱいにかぶりついた西瓜は、思った以上に甘く、水分を含んで、噛み締めようとする先から、水分が滲み出し、思わずえづきそうになる。

肩を竦めて口から零れそうになる水分を、慌てて留めようとする様に、

「おい、無理すんなって。」

「んん。……んーん。」

承太郎が声を掛ければ、花京院は手招きを繰り返して、承太郎が渡した手ぬぐいを引っ掴む。

タオルを口に宛がったまま咀嚼を繰り返す彼の、おどけた調子で承太郎を見詰め返す様に眉を挙げた承太郎が『旨いか』と尋ねれば、彼は言葉の代わりに頷いて、大きく喉を鳴らしてまた西瓜にかぶりついた。

そのまま二人は、首振りに変えた扇風機の風にあたりながら、並んで西瓜を無言で食べ続けた。

響くのは扇風機の羽音と、二人の咀嚼する音、そしてけたたましい蝉の鳴声だけで、じとりと顎の下を伝う汗や、頬を汚す西瓜の汁に、腕やタオルでそのたびに拭って、腹と熱を満たしていく。

花京院は西瓜にかぶりつく合間に、盆に置かれて使われないままの塩の瓶を見詰める。

並べて置かれたスプーンの銀は、部屋に差し込む日の光を反射して、鈍く光っている。

隣で豪快に西瓜を頬張る承太郎は、腕が汚れても、胸元に西瓜の汁が滴っても構うことなく、乱暴に西瓜にかぶりついている。

さっきまで、蝉の鳴声すらろくに聞こえないほど夢中で抱き合っていたくせに、今ではそんな事など微塵も余韻をみせずに、豪快に西瓜を頬張っている。

まるで突然現れた日常と、さっきまでの『特別な』行為との差が激しすぎて、花京院は内心戸惑いながらも、無心で西瓜を食べ続ける承太郎の、かぶりつくたび波打つ喉やむき出しの肩を盗み見た。

承太郎は相変わらず、獣のように食事を続けている。

その彼が、花京院が使うかもしれないと、塩の瓶を引っ掴み、スプーンを指に挟んで、挙句タオルを濡らして腕にかけ。

西瓜はざく切りに、皿に盛ることもせずに、直接盆に乗せて持ってきたのだ。

一体、乱暴なのか丁寧なのか分からない態度と、粗野なのか繊細なのか分からない気遣いに、緩みかける頬に、そういえば、彼が花京院を抱くときも、荒々しく求めて来ながら、そのくせ交わす口付けや愛撫は酷く丁寧に、激しく突き上げてくるくせに、短く切りそろえられた爪の、その意味を思い出し、今度は日常から、抱き合う特別な時間の、意外な共通点を見出して。

突然に動きを止めた花京院に、承太郎が何とはなしに振り向けば。

彼は顔を西瓜のように赤く染めながら、酷く恥ずかしげに俯いていた。





…日常と、非日常は繋がってるということです。