The pairs day






承太郎がノックの返事も待たずに、花京院の宛がわれた部屋に入ると、ちょうど彼はベッドの上でシャツ一枚のまま、靴下を脱ぎかけている最中だった。

めずらしく濃い翠の制服の色がないのに気を取られて承太郎がまじまじと花京院を見つめれば、彼は学生服だけでなく、ズボンまでも脱いでいて、下に身に付けたシャツは胸元までボタンをはずし、襟元がむき出しになっている。その白いシャツは太腿まで隠していて、彼は片足をベッドに上げたまま、足首までたわんだ靴下に、両手指をひっかけている。

傍らにはきちんと行儀よくたたまれた制服が上下揃えて重なっていて、電光を鈍く浴びて、日に当たれば翠に見えるそれも、光の量が足りないのか、黒く見えた。

花京院がきっちりと衣服を身に着けず、シャツ一枚の砕けた格好で寛ぐなど珍しく、まったく見た事がないわけではなかったが…主に彼が意図的に着崩すというより結果的に着崩された格好になるという意味で…濃い色に包まれてほっそりと見える白い頬よりも、日焼けの為に火照らせているのも相まって幾分粗野な印象に、承太郎は妙な関心を覚えて見守っていた。

しかしそれも一瞬で、承太郎が傍若無人に開け放ったドアの音に顔を上げた花京院は、きっちり2秒程、承太郎の姿を確認すると、靴下の履き口に差し込んでいた指をするりと持ち上げて、足首まで露出していた足を、元のふくらはぎのあたりまで隠してしまう。

ひたり、とゴムが肌に当たって弾く音が響いたと思えば、彼は徐に上げていた片足を床に下ろし、居心地悪く露わになっている太腿を、シャツの裾で覆い隠した。

「……別に、減るようなもんでもねぇだろ。」

脚を組むふりをして、行儀悪く開いていた脚を閉じる花京院に、承太郎は片眉をひょいと吊り上げてみせる。

これではまるで、『突如現れた不埒な輩に肌を見せることが殊更不快です』と言われているようなものだ。

『女じゃあるめぇし』と承太郎は毒付きながら、そのくせ帽子を被り直して鍔を引き下げてみせるのに、彼の発言の信憑性を薄くする。難しく口をひん曲げて、わざとらしく足を踏みならして近づいて来る様は、『心外だ』と怒っているようにも、花京院の態度に図星を指されたのだと訴えているようにも見え、今度は花京院が、ひくりと片眉を吊り上げる番だ。

「そんなに人に自分の脚見せんのが嫌なら、最初っからそんな格好しなきゃいいんだ。」

承太郎の憎まれ口に花京院がもぞりと動いて身体を揺らし、言い訳とも反論とも付かぬ発言を述べようと開きかけた唇を閉じて不機嫌にひん曲げる。それでも近づいてきた承太郎の為にスペースを取ってベッドの端によれば、承太郎はどっかと脚を開いて寛いで、花京院の隣に落ち着いた。

開いた承太郎の膝と、閉じた花京院の膝が触れ合う。

そっと、移りかけたぬくもりを避けるように脚を傾けて逃げる花京院に、承太郎はなんとなく自分が避けられたような気がして、じとりと隣の花京院を睨みつければ、花京院は頬を赤くしたままそっぽを向いて、唇の先でくぐもった声を発した。

「別に、隠してるわけじゃ……。脱いでたのだって、一日中砂漠を歩いて砂が服の中まで入ってたのが気持ち悪かったから―――。」

『だから、さっさと脱いで洗い流したかったのだ』と、『脱いだのはルームサービスにクリーニングを頼むだめだ』と言い訳をしてふいと顔を背ければ、長い前髪が揺れて、承太郎に後ろを見せた花京院の顔を隠してしまう。

赤い肌は、なるほど羞恥によるものではなく、砂漠に照りつける太陽の、天から注ぐ光と砂に反射する光で日焼けした所為であったのかと、今更ながらに承太郎は納得するけれど、耳の裏までくっきりと見える後ろ姿に、あらわになった首筋がほんのりと上気しているのは、決して日の光の所為ではないだろうことも、知っている。

元々、色白の花京院は日の光にそう強いわけでもなく、きっちりと制服を着こなしているのも、実は肌の露出で日に肌が焼けるのを避ける、一つの理由だ。

砂漠の野を一日中歩き続けている間は、頭からすっぽりとベールのように布を被って顔を覆っていたし、買いつけた日焼け止めを不自然に顔が白くなるまで塗り込んでいたけれど、日本の柔らかなそれとは比べ物にならないほどの強い日差しが彼の頬をじりじりと焼いて、今では痛々しく赤く火照っている。

『黒く焼けずに赤くなって痛むだけだ』という、花京院の肌はやっかいで、健康的に日に焼けてくれればそう気にすることもないのだけれど、さんざん赤く焼けてじんじんと肌を傷めつけるわりに、腫れ上がる直前で熱は退いて、元に戻るのだから、気を遣いたくないのに日焼けには注意を払わなければならない。

承太郎だって半分白人の血を引いているのだし、現地の人々のように肌が日に慣れているわけではないが、生来丈夫にできている質らしい、ある程度赤くなれば後は程良く焼けるだけで、花京院程日焼けに苦しむことはない。

そもそも日焼けといっても火傷の一種なのだから、放っておくのは肌の種類に限らず良いことではないけれど、少なくとも承太郎は、花京院程には日焼けの後に苦痛を感じることもないし、元々自分の様相に頓着しない質で、放っておいたのだ。

対して花京院はしっかりと日焼け止めも塗って、顔をすっぽりとベールで覆っていたのに、このありさまである。

醜く腫れ上がってはいないが、鼻頭から頬骨の辺りが赤く染まっているのは、なんだか痛々しく、それでもホテルに着くなり氷を宛がって『大分楽になったのだ』と、ヒリヒリと痛む顔を気にしながら話す彼に、承太郎は苦笑を洩らすしかない。

そんな彼の、白い首筋と顔の輪郭は、やはり色が違っていて、汗で流れた日焼け止めの所為で元の肌の色が戻っている、少しだけ色の濃い頬に、うっすらと赤みが差している様は、どこか幼気で、羞恥に頬を染める、健気な様にも似ていて、承太郎はつい、顔を覗きこんで、そんな彼の表情を楽しみたくなる。

それを知ってか知らずか花京院は頑なに承太郎から顔を逸らして、居心地悪く、もぞもぞと脚を動かして承太郎から離れようとするのに、承太郎は更にもっと脚を開いてにじり寄れば、花京院はじり、と床に敷き詰めたマットに靴下を擦りつけて、逃げの姿勢をとった。

「おい、何だって俺を避ける。」

「……別に。」

今度はあからさまに承太郎を避けるそぶりをしてみせる花京院を、承太郎は見咎めて声をかけるが、花京院は相変わらずそっぽを向いたまま素っ気なく答える。

けれど彼の逸らした首筋が、うっすらと火照っているのに、その様をじっと睨みつけていると、徐々に赤みは顕著になり、耳まで赤く染まっていくのに訝しめば、花京院はまた、じりと床に爪先を擦りつけて、承太郎から離れようと組んでる脚をベッドの側面に擦りつけた。

組んだ脚の前できちんと添えられた両手は、頑なにシャツの裾を握っていて、これ以上伸ばし様のない程に裾を伸ばして、少しでも肌の露出を避けようとしている。

そんなシャツの下から覗く白い脚は、普段露出をしていない分、首筋よりももっと白く、重ねた膝頭から白い靴下の間の脛も、生白い。

もぞもぞと落ち着かない爪先は、床をにじりにじりと後退って、厚手の白い靴下に覆われた親指がうねるのを、承太郎は何か別の生物がもごもごと出口を求めて蠢いているようにも見え、つい靴を履いたままの爪先で軽く踏みつけてしまった。

途端に花京院の悲鳴があがり、脚を隠していた裾を離して、太腿が露わになる。

重ねていた膝が揺れ、思わず痛みに持ち上げた膝が上に重なる脚を押しのけて、組んでいた脚を崩せば、僅かに開いた膝の間からうっすらと、見慣れない青が飛び込んで来た。

うっすらと血管の走る、内腿の、膝裏に近い辺り。

電灯の陰でおぼろげに見える、シーツの白と、肌の白の上にくっきりと滲んだ。

痣が、花京院の脚に刻まれていた。

大きさは、ちょうど、人の親指一つ位の。

…位、ではなくそのまま親指の型をした、青紫の痣が、くっきりと白い花京院の太腿にできていて、承太郎は思わず、こくりと喉を鳴らした。

「……………。」

「……………。」

気まずい沈黙が流れて、首を限りに伸ばした花京院の項が、もう隠し様がない程に、赤く染まっている。

きっと、日に焼けた頬以上に赤く染まっているだろう顔は、けれど前髪が隠して承太郎には見えず、承太郎もまた、其れに釣られるように、頬の火照りを感じて、思わず口元を掌で覆い隠した。

それは2日程前に、他の誰でもない、承太郎自身が付けた痣だからだ。

ベッドに張り付いた裸の身体を、限りに開いて奥へと入り込もうと、承太郎が花京院の太腿を掴み、彼に覆い被さってできたものだ。

悲鳴とも嬌声とも付かぬ声を挙げる彼に荒げた息を乱し、感極まって、吐き出した息に声まで混ぜながら、気付かずに掴んだ脚に痕が付くまで。

付いても気付かずに、泣きながら名前を呼ぶ、花京院の呼びかけに答えて、夢中でその身体を揺さぶった時にできたものだ。

「……………。」

「……………。」

肩を竦めて身体を強張らせ、承太郎の飲みこんだ息の音にひくりと身体を揺らした花京院の背中と、膝を小さく震わせて、そっと脚を閉じる間際に見えた、生々しい青い痕を、忙しなく瞳を泳がせて、承太郎は内心舌打ちする。

喉を鳴らすなど、まるで自分が花京院の脚に下品な発想を齎し興奮したようではないか。

…あながち間違ってもいないが、其れが余計に情けなく、またそれだけでなく、彼の身体に数日経っても残る程の跡を付ける程、夢中になった自分を不意に眼前に突きつけられた気恥かしさや、過去の自分の事であるのに、今の自分に記憶にない、彼への執着を見せつけられた気まずさ、そして相手を傷つけてまで快楽に溺れた自分の青臭さに、いたたまれなくなってしまう。

そんな自分の感慨には気付かずに、また、同じような痕を残されるような状況を、意図していないにしても作っている花京院の、気恥かしさや後ろめたさ、ちょっとした怯えのような…緊張感にも、少しばかり腹立たしくなる。

いくら、若い衝動を持て余して、そうそう日を開けることなく目の前の身体に手を伸ばしている承太郎といえど、一日中砂漠を歩きまわり、挙句敵にも遭遇して、命の危険に曝されつつも戦闘を繰り広げ、疲労困憊した日に、また彼の身体を酷使しようとまでは思っていない。

そもそもそんなにがっついている自覚もなかった承太郎にとって、彼の脚に残る痣や、露わになった脚に引け目を感じて逃げをうつ花京院のしぐさは、予想のしていなかったことだけに、余計に居心地が悪く、恥ずかしさや気まずさやちょっとした怒りが、ぐるぐると胸の内を渦巻いている。

「……だから、嫌だったんだ。」

二人してベッドに並んで座りながら、ぎごちなく固まっていた空間を崩したのは、花京院だった。

もごもごと、口の中で文句を告げる彼は、もう開き直ったとばかりにひたりとくっつけていた膝を崩して、ベッドに寄せていた脚を元に戻す。

再び近づいた4つの膝頭が並んで、彼は勢いよく振り返ると、顎を前髪に埋めたまま、潤んだ瞳で真っ赤に顔を火照らせながら

「この、馬鹿力ッ。」

少し、上ずった声で、文句を言ってみせた。

噛みしめた唇を赤く染めて、上目づかいに承太郎を睨めつける様は、どこかあどけない。

普段は冷静に見つめてくる切れ長の瞳も、目尻がほんのり赤らんでいるし、火照った頬も鼻頭も、童子のように幼い印象を与える。

たわんで肩に掛る長い髪は、太陽の下に日がな曝された所為でパサついて乱れていて、寛げた襟元から首や喉が露出している様や、普段は見ることのない、シャツの白、そして振り向いた途端にとん、と触れた膝のぬくもりに、承太郎はこっそり、分からない程度にたじろぎながらも、またぞろりと擡げて来る、芯の熱のようなものが、臍の下から湧き上がってくるのに、『やっぱり、がっついている』と妙に感心しながら、無理に不機嫌な顔を作って、承太郎を言葉少なに責める花京院を、見つめ返した。

『すまない』と謝るのは、何か違う気がする。

だからといって『そうか』と返事すれば、きっと彼は怒ってしまうだろう。

何と言って返して良いのか、元々無口な承太郎には沈黙は好都合だけれど、今はきっと、その沈黙を花京院は許してはくれないだろう。

致し方なく、承太郎は『取り敢えず』と顔を顰めて考えるそぶりを露わにして、長い沈黙の後で、重苦しく開いた唇は。

「馬鹿力だけじゃ…ねぇ。」

『ちゃんと力加減もできる』と返した言葉は、自分で発した後に何とも間抜けな返答だったと思い到り、予想外の言葉に唖然とする花京院同様、承太郎も途方に暮れた態で、花京院を見つめ返した。

何度も瞬きを繰り返す花京院の、緊張の糸が切れて弛緩した脚元が、ちらちらと視界に入る。

生白い膝が、承太郎の着たままの制服にそっと寄り添っていて、僅かに開いた膝の下を覆う、清潔な靴下の白が、目に眩しい。

一瞬見た、彼の脛の、まっすぐに通った骨の形や、男にしては色素も体毛も薄い、形の良いふくらはぎを思い出し、またさっき思わず踏みつけてしまった親指の事も思い出して、承太郎はググ、と喉を鳴らして話を切り出そうとする。

そういえば、脛を覆っている靴下は、いつも見るよりもぴっちりと肌に張り付いていて、履き口から見える肌は、もっちりとむくんでいた。

それもこれも一日中、脚を酷使したからなのだが、承太郎は徐に、花京院を見つめる瞳をその顔から脚元へもって行くと、床に付いた両足に手を伸ばして、ベッドの上に持ち上げた。

「…わッ。」

突如、脚を取られた花京院は、バランスを崩してベッドに仰向けに倒れこむ。

幸い、ベッドヘッド側は承太郎が占領していて、彼は後頭部を強かに打ちつける災難は間逃れたものの、脚を取られて倒れた所為で、さっきまでちらりとしか垣間見れなかった内腿が開いて、今度ははっきりと、承太郎が付けた痣を曝してしまった。

「何す……おいッ。」

慌てて閉じようとする膝を、承太郎もまたベッドに乗り上げて彼の脚の間に滑りこむと、花京院の脚を折った自分の膝の上に乗せて、ぴっちりと靴下に覆われたふくらはぎに手を伸ばした。

…極力、痣には目をやらないようにして。

ぐぐ、と膝を震わせて、承太郎の突然の行為に抵抗を示す花京院にも一向に気にする様子もなく、承太郎は開いた花京院の脚の間に割り込んで、彼の脛をさすり始める。

けれどその手つきは、いつも承太郎が花京院の脚を愛撫する時の、もったいをつけるような、肌の質感を楽しむようなものではなく、やや乱暴で、さらりとそっけないもので、花京院が戸惑いながらも首を上げて承太郎を見上げれば。

「脚、揉んでやる。」

ぶっきら棒な、どこか拗ねたような声で、承太郎は言い放った。

突如、持ちかけた承太郎の提案に、花京院も素直に従えず、肘で身体を支えて起き上ったまま、承太郎を訝しげに見上げてくる。

けれどもう、逃げをうつ様子はなく、どこか探るように承太郎が自分の脚を乱暴にさする様を見守っていると、一度、上目づかいで承太郎を睨みつけてから、やがて観念したように、大きなため息一つ付いて、がくりと首を逸らした。

ふ、と大きなため息が、声と共に響いて、花京院はそのまま、身体を弛緩させる。

『もう、どうにでもなれ』と、どこか投げやりな態で、承太郎の提案を許すと、痣を付けたのも承太郎の所為だし、さっき親指を踏みつけたのも承太郎だから、自分には何の非もないのだと内心、言い聞かせるようにして、頬を僅かに膨らませて、居直った。

すん、と謝る代わりの言い訳のように、承太郎が一度、鼻をすする。

お互いに何の会話も重ねないまま、承太郎は一心に花京院の脚をさすっていて、そんな承太郎の、開いた正座の上にぐたりと脚を乗せたまま、花京院はじっと、彼の脚をさする承太郎の手を見守っている。

適度に指圧を加えたまま、何度も上下する手は、花京院の顔などすっぽりと覆い隠せる程大きいだけに、彼の脚もしっかりとくるんで、重だるいふくらはぎを承太郎の指に押されて撫で上げられる度に、僅かな痛みと独特の気持ちよさが後に続く。

ごつい指が、ちょうど花京院のふくらはぎを僅かばかりへこませる程の力で上下し、強すぎもせず、弱すぎもせず、絶妙な力加減でほぐされるのを、あながち承太郎の言も間違っていなかったと、花京院は安心して、それまでずっと伺うように見つめていた彼の手元から目を離して、身体から力を抜き、そのままベッドに身体を下ろした。

くたりとベッドに首を預ければ、急に身体の重みと強張りが、全身にのしかかってくる。

踏みしめた途端に足場が崩れ、力を込めて踏み込まなければ前へ進めない、砂漠の砂は、歩けど歩けど延々と続いて、いつ終わるともない歩みに、徐々に重くなる身体を引きずりながら、歩き続けたのだ。

あまりの疲労に顎が上がり、じとりと身体にまとわりつく汗まみれの衣服も、不快だと感じる余裕もなくなって、敵に遭遇した所為で疲労も更に溜まって、『もう一歩も歩けない』と、『もういい加減にしてくれ』と何度思ったかしれない。

けれど皆、同じ事を思いつつも、誰かがその一言を発すれば、きっとそれが引き金になって、本当に一歩も動けなくなってしまうだろう、だから何も言わずに、歩み続けたのだ。

そうして、砂漠の先にある、揺れる熱風の中のオアシスを見つけた時の喜びはひとしおだったのだ。

仲間と共に居ながら、感じていた不思議な孤独感は、街並みを目にした途端に吹き飛んで、それまで沈黙していた仲間もみな、歓喜の声の代わりに安堵の息を吐くことすら喜ばしく、急に、すぐ隣にいる承太郎や、前を行くポルナレフ達の存在感を急に肌身に感じて、抱きつきたくなったのだ。

一歩も歩けないとも、腕を持ち上げることもできないとも、思っていたのが嘘のように、引きずっていた脚は軽くなり、のしかかる身体はしゃんと伸びて、カラカラに乾いた喉は潤いを取り戻して。

歓喜と不思議な感動の中、街へ入ったのだ。

…けれどやはり、疲労していたことに変わりはなく。

安堵と共に入ったホテルの、個室に引きこもった途端、どっと疲労が押し寄せてきて、本当ならこのまま、制服の姿でベッドに倒れ込んで、眠りたかった。

けれど疲労と共に、身体中に張り付いていた衣服の、汗の退いて塩をふく、妙な乾燥した感覚や、ふくらはぎまで覆っていたはずの靴下の中にまで入り込んだ、砂の不快感に抗いきれず、浴室まで待てないと、衣服を脱いでいる矢先に、承太郎が入ってきたのである。

花京院は、承太郎に好きに脚をさすられながら、ぼんやりと天井を見上げる。

きっと承太郎も相当に疲れているのに、その様子を見せず、どころか自分を気遣って、マッサージしてくれる。その姿は献身的で、花京院はありがたいと思うよりもむしろ、申し訳ないと思ってしまうのだ。

けれど、今施されている処遇の、気持ちよさには抗えず。

―――元は、承太郎が仕掛けてきたのだし、悪いのも承太郎だから、少しくらいは、甘えてもいいよね。

言い訳をしつつ、『僕よりも体力あるし、いつも疲れることさせられてるんだし』と、自分に言い聞かせて、ふぅ、と深くベッドに身体を沈めれば。

「ふっ……ん。」

思わず漏らした溜息と共に、声を漏らしてしまった。

緊張を解いた、無防備な声は、そのまま顔にも表れて、自分の声を聞きながら、『これはちょっと、気が緩みすぎたかもしれない』と、思った以上に煽情的な声を挙げてしまったのに、慌てて口元を押さえて顔を逸らし、横目でちらりと承太郎を伺えば、彼はそれに気付いていないのか、黙々と花京院の脚をさすり続ける。

意識する必要はなかったと、俯いたままの承太郎から目を逸らせば、自分だけがさっきからずっと承太郎の手つきやしぐさを意識しているのに、むず痒い気恥かしさが湧き上がり、極力『なんでもないのだ』と気を紛らわせるために、下手な咳払いを一つ、施した。

口元に充てた手をそっと離し、けれど手の甲を唇に添えて、羞恥で火照ってしまった頬を隠しながら、今は承太郎が施してくれるマッサージの方に意識を戻そうと、独り内心狼狽して目を泳がせていると、今度は承太郎の指が、ぐ、とふくらはぎの膨らみを押してくる。

「…っぁ。」

的確に、硬く強張ったつぼを押されて、思わずひくりと脚を竦めればまた、声が漏れて、今度はさっきよりもずっと、上ずった声が漏れてしまった。

慌てて指を噛み、やり過ごそうとするけれど、もう声が漏れてしまった事実はどうすることもできず、花京院は肩を竦めていたたまれないとベッドに顔を埋める。

そうしている間にも、承太郎の指は花京院のふくらはぎや、脛の骨に添って指を押してきて、鈍い痛みが指で押される度に走っては、その後にふわりと脚が軽くなって、強張っていた筋肉が目に見えるようにほぐれて行き、もう快感にも近い程の気持ちよさが抗おうにもじわじわと競り上がってくる。

ぐ、ぐ、と強くツボを押された後に、今度は厚手の靴下の、ゴムのラインにそって優しく撫でさすられる手つきは、無骨な指の何処に、こんな器用な手つきができるのかと思う程で、膝の下、骨の両側を指で挟み、線にそって適度な指圧を施されたまま、辿られ、爪先の、指まで丹念に揉まれるともう、声は抑えようにも喉の奥から洩れてきて、徐々に喘ぎ声のように浅い吐息と共に掠れた声が喉を擦るのに、花京院は我慢できずにがばりと身体を起すと、ずっと脚を撫でさする承太郎に手を伸ばして制しようとした。

「も…もう、いいッ。充分。楽に、なったから…ッ。」

「何言ってんだ。こんなに凝ってんじゃねぇか。…まだ片方しかしてねぇし。」

狼狽を隠しもせずに土踏まずを揉みほぐす承太郎に訴えるが、承太郎は花京院の手を払いのけて、尚も脛の線にそって両親指を押しさするのに、花京院は顔を真っ赤にして泣きそうな顔で見守った。

ゆっくりと、膝がしらを撫でるように、承太郎の掌が皿を回し、ふくらはぎを掬って、ゆっくりと足首まで撫で降りる。脚の線を辿る両親指は微妙な指圧を加えていて、一旦くるぶしまで降りると、ふくらはぎを覆う靴下の、履き口に指が伸びた。

僅かにむくんだふくらはぎは、承太郎の指が履き口に入り込み、ゆっくりと靴下をずらして行くと、徐々にその姿を現す。靴下の線の跡が足にうっすらと何本も付いて、ほんのりと赤らんでいて、乳白色の脛に綺麗な模様を作っている。

ふくらはぎを覆っていた靴下は、承太郎の指を辿るように、わずかな抵抗をしめしてぎごちなくずり落ちていくが、肉の膨らみが露わになれば、ふるりと小さく震えて、もっちりとした形を覗かせ、アキレス腱まで下ろされれば、今度は靴下はするりと足首まで降りて行った。

たわんだ布地が、細い足首を隠して、承太郎の手に支えられた腱を覆う肌が、承太郎の指にしっとりと絡む。

手の指で輪を作れる程細い足首の、両くるぶしが露わになると、脚の甲へと続く青い静脈も姿を現して、踵までずり落ちた靴下は爪先でたるんで、ぴんと伸びた指を隠し、強張った土踏まずを、承太郎の親指が爪跡を残す程強く押さえれば

「…あっ!」

溜まらず花京院はひくりと身体を揺り動かして、もう隠し様ない程感じ入った声を挙げた。

もう泣き出してしまうのではないかと言う程、顔を歪めて赤面した花京院が、ふぅ、と息を殺して承太郎を上目づかいに見上げれば、そこでやっと彼はゆっくりと目を細めて、悠然と笑って見せた。

「…承―――太郎!君、わざとやってるなッ。」

「何がだ。」

承太郎は花京院の声をさらりと交わし、片手で恭しく花京院の踵を包んで胸のあたりまで持ち上げて、ゆっくりとたわんだ靴下を脱がせていく。

少しずつ顔を覗かせる、末広がりの形をした冬の花のような花京院の足の甲が、小さく震えて、くっきりと浮き彫りになる指までの筋に、承太郎は指を宛がって、一本一本、丁寧に、つつ、と指を辿らせる。

―――しまった、こいつ……。

承太郎は、花京院の脚が、事の他お気に入りだったのだ。

其れを思い出しても、もう既に時遅く、マッサージと称して好きに自分好みの花京院の脚を撫でさする承太郎に、花京院がいくら脚をひっこめようとしても、彼の踵はしっかりと掴まれているし、逃れようにもタイミングよく指圧を加えて押さえつけられては、力が抜けて逃げようにも逃げられない。

そうこうしている間にも、踵を包む指はずっと、やわやわと揉みほぐしてきて、土踏まずまで握られては、痛いのか気持ち良いのか分からず、花京院はさっきから、泣き言のような声を挙げる。

だいたい、承太郎に脚を見せることなど、してはいけなかったのだ。

抱き合う時でさえ、承太郎はしつこいくらいに花京院の脚を愛撫してきて、もう我慢できなくなるまで、彼は執拗に花京院の脚を撫でさすってくる。爪先から付け根まで、あます事なく指が滑る様は、どこまでこの男は人の脚に執着するのかと呆れる程のこともあるけれど、事の最中の花京院にも、余裕の態で問いただすこともできず、それどころか愛おしげに触れてくる指の質感や、肌を滑る唇の熱さに、触られると敏感に反応してしまう感のある花京院も、身もだえる程に余裕がなくなってしまうのだ。

今も、承太郎は既に愛撫の手を隠すことなく、しっかりと花京院の足首を掴んで、頬ずりでもしそうな程愛しげに、彼の甲を、爪先を適度な指圧を加えて撫でさすっている。

彼が見せる性癖など否定するつもりはないけれど、始めは殊勝な態度だったはずが、『どうしてこうなった』と、花京院も途方に暮れて、成すがままだ。

初めは、そうではなかったのだろう。

そう、初めは、承太郎も真摯な気持ちで、花京院をねぎらっていたはずなのだ。

けれど、何かのきっかけで、彼の中に『スイッチ』が入ってしまって、今のような愛撫に切り替わってしまったのだ。

元々花京院の脚の好きな彼に、無防備に素足を曝したのがいけなかったのか。

それとも疑いなく揉みほぐさせたのがいけなかったのか。

または気持ちよさに思わず、声を漏らしてしまったのがいけなかったのか。

もしくは靴下の下の、抱かれる時にしか見せない部分を、見せてしまったからなのか。

はたまた承太郎が花京院を抱く時の癖の、足首を掴む行為を許してしまったからなのか。

恐らく、その全てなのだろう、承太郎も喜々として花京院の脚に触れているし、花京院も、触れられる度に感じる気持ちよさが、愛撫による快感なのか、それとも凝りをほぐされる快感なのかもわからないまま、指で押される度に、あられもない声を挙げている。

けれど、承太郎の顔が、そっと屈んでむき出しの花京院の脚の甲へ、唇を寄せた瞬間に。

「…うわあぁッ!」

これ以上は、さすがに許すわけにはいかないと、花京院がわざと大声を挙げて、ほったらかしになっていた片足を振りあげて、承太郎を押しのけた。

「う…おッ。」

不意に、脚蹴にされた承太郎が、蹴りつけた脚に仰け反れば、バランスを崩してベッドに尻もちを付いている間に、花京院ががばりと起きてベッドに落ちた靴下をひっつかみ、両足を引っ込めて投げつけた。

「ダメッ!しない、絶対ッ。」

顔を真っ赤に染めて、涙目のまま承太郎に必死に叫びかけると、むくりと起き上った承太郎が、投げつけられた靴下を徐に掴んだまま、しげしげと靴下を見つめる。

たらりと頭の高さまで靴下を持ち上げて、『ふむ』と一言頷いて、

「しねぇ。今日は。つぅかそんな体力、俺にも残ってねぇ。」

いやにはっきりと返事をしたのに、花京院も拍子抜けして茫然と見守れば、承太郎は花京院のひっこめた脚に手を伸ばす。

ぐ、と脚に力を込めて、拒む花京院の脚を宥めすかして、『何もしねぇ』と言いながら、何とか伸ばさせて、自分の膝の上に花京院の両足を束ねて乗せると、

「その代わり、お前を靴下ごと、愛してやるよ。」

にこりと、綺麗な顔を穏やかに綻ばせて、脇に抱えた花京院の両足に屈みこみ、靴下を履いたままの片足へ顔を寄せると、脛の履き口に模様されたエンブレムにとん、と唇を添えた。

「……変態ッ!」

途端に沸騰しそうな程顔を赤く染めた花京院の悲鳴が挙がる。

結局その後、花京院は承太郎に好きに扱われ、『これなら抱かれた方がまだましだった』と、ぐったりと力がなくなるまで承太郎に脚を愛撫…揉みほぐされたのだった。





2009.11.8

脚フェチの彼氏を持つと、大変ですね。