The Magic of a Britannia Angel



夕食の時間までまだ間があるからと、承太郎はホテルの部屋に籠ってテレビを見ていたが、もともとテレビに興味があるわけでもなく、国外の、しかも英語以外の言語圏ともなると、何を話しているのかもわからないで、カチカチとリモコンのボタンを押しては、チラチラと流れるテレビの映像に、ぼんやりと目を映しているだけだった。

しかしいい加減飽きてきたのか、どっかとソファの背もたれに身を預けると、部屋に着いてからもずっと脱がずにいた帽子が、勢いでずれて、視界の上半分を覆う。
テレビの音は聞き慣れない国の言葉で、程良く効いた空調は心地よく、徐々に重くなる瞼に、承太郎はいつのまにか、うとうとと居眠りを始めた。

「………たろう。」

こくりこくりと、身体を前後に傾けていた承太郎に、声がかかる。
どこかで聞いたような、それにしてはどこか舌っ足らずで高い声に、承太郎は夢心地で聞きながら、それでも眠気が勝るので、そのまま捨て置いた。

「……うたろう。」

声は、少しずつはっきりしてくる。

最初は、どこか遠くで聞えていたものが、今度はさっきよりも近くから響いているようで、甘ったるい聞き慣れた声に、承太郎は眠り被りながらも『うん』と唸り声一つで返事をする。

「じょうたろう。」

声は今度は近くで聞え、さっきよりもずっとはっきりとした声に、承太郎は一度、ひくりと眉を上げて答えた。すると、ごそごそと膝元から、学生服の前を寛げた胸元を擽る気配がする。
ふわりと羽が触れるような感触は不快ではないものの、くすぐったく、承太郎は思わず胸元にばりばりと爪を立てて掻けば、とたんに『ひゃあ』と聞き慣れない声が飛び交った。

思わずぱちりと目を開けて、聞き間違いではないその声に、きょろきょろと周りを見渡すが、今日は一人部屋を宛がわれたから、部屋には自分の他は誰も居ない。

「ここだよ。」

けれど声はして、承太郎はいぶかしみながらも、注意深く目を凝らして、部屋の隅々を見渡してみる。すると声は『ここだってば。』とやや甲高い声を挙げて、承太郎を呼んだ。

さっきからちくちくと胸を刺す痛痒さに、胸元を掻いてみるけれど、その度に『おう』とか『もう』とか、頓狂な声が挙がる。一体何だと思って、ふっと俯いてみれば。

「じょうたろう、あぶないよ。」
「…………。」

手乗り大の、見慣れない指人形とおぼしきものがシャツにぶら下がっていた。

寝起きで、目が霞んでよく見えないのかと、承太郎は指で目を擦ってみる。あるいはホテルに着く前に、ごったがえしのバザールを通り抜けてきたから、どこかで子供にでもぶつかったか、人形がシャツにひっかかってしまい、そのまま持ち込んだかと指でつまもうとすると、

「あぶないってば!」

人形は声を挙げて、小指程の腕をぶんぶん振り回した。
暴れる人形に噛みつかれたらたまらないと、承太郎は背中から回り込んで襟首を指でつまんでみせる。
すると人形は『わぁ』と手足をばたつかせながら、鼻先までつまみあげた承太郎に、必死で『あぶない』『おろして』と叫び始めた。





「………………。」

しげしげと、乾いた目で鼻の先に掲げた人形を見つめれば、それはひょいと首を傾げて承太郎を見返すのに、承太郎は一度、大きな瞬きを施して

「うおッ!」
「ぅわぁ!」

思わず人形を放り投げてしまった。

―――生きてやがる。

その衝撃にはっきりと目の覚めたのに、驚愕して仰け反れば、放り投げたそれは、綺麗な放物線を描きながら、甲高い悲鳴を挙げて落下する。
慌ててスタンドで追いかけて、人形をスタープラチナの掌でそっと受け止めると、それは『ひゃあ』とまた素っ頓狂な声を挙げて、スタープラチナの手の中に収まった。

スタンドを手繰り寄せて差し出してくる手の中を覗きこめば、それはころりと横に倒れながら、じたばたと手足を動かして、何とか起き上がろうとする。
鼻の先までスタンドの手を近づけて、よくよく見れば、それはちょうど煙草入れ程の大きさで、三等身ほどのまるまるとした体を曝していた。

ちょうど、デフォルメされた人形のような。
濃い緑の制服を着て、赤い髪は前髪の一房がながくひょろりと伸びている。
寸胴の身体は、指ですこしでもつつけば簡単に倒れてしまうだろう、愛嬌のある丸みを帯びていて、
見上げた顔は小さな鼻や口に、ビーズ玉のようなつぶらな瞳が付いていて、まっすぐに承太郎に向けられている。

「……………。」

どこか、見憶えのある格好に、承太郎は思わず顔をしかめると、それはくたりと首をかしげて、承太郎を呼んだ。

長い前髪が、肩にかかってたわんでいる。
何か考え事をしたり、人の意見を聞くときに、くたりと…本当に音がしそうなくらい『くたり』と…首をかしげるのは、承太郎が善ッく知る者の癖だ。
そうして目の前できょとんと首をかしげて承太郎を見守るこの人形のような者も、どことなく、彼に似ている。
そういえば、かけてくる声も、いささか甘えた舌ったらずの高い声で、それは彼が寝ぼけたままへらりと笑って承太郎を呼ぶ時の声に酷く似ている。

「…………お前、誰だ?」

脳裏によぎった、答えを確認するように、ゆっくりと口を開けば、それは『やっと答えてくれた』と目を輝かせて笑いながら、

「ぼく、かきょういんのりあき。」

へらりと彼が顔をほころばせて、笑った。





「花京院。お前、何だってそんな格好になっちまったんだ。」
「こんなかっこ?」

いつまでもスタンドに花京院を乗せていくわけもいかず、承太郎はそっと自分の手を差し出して、乗り移るように促せば、花京院…のミニチュア版…は、ひょいとスキップをするように承太郎の指に飛び移った。
指先から掌まで移動するのに、小さな脚を動かす度に、ひょこひょこと体を左右に揺らす様は、まるでバランスの取るに慣れていない童子が、拙い動きで歩くのにも似ていて、思わず微笑ましく感じてしまう。

かきょういん(普段承太郎が見慣れている『花京院』とは外見的に落差があるため、承太郎の心情を慮って、以下このように呼ぶことにする)は、承太郎の掌にたどり着くと、制服をひっぱって自分の姿を顧みて、

「ぼく、ずっとこのかっこうだよ。」
「いやそうじゃなくて。随分と小さくなった、つぅことなんだがな。」

ドングリのような瞳を瞬きさせるかきょういんに、承太郎は首をすくめて間髪なく付け足す。いつもは悠然と構えて何が起ころうと動じない承太郎が、唖然とした顔を隠すこともなく、いつもよりも僅かながらに声のトーンを上げて、かきょういんを覗き込むように見つめている。心なしかいつも身に纏う、険のある雰囲気もなりを潜めて、今はむしろ年端もいかない子供に調子を崩した大人のようで、彼もかきょういんのしぐさに似ず微笑ましいのだが、そんなことは当の本人はまったく気づかないだろう。

かきょういんは承太郎の質問に、またくたりと首を傾げると、

「ちいさいかなぁ。これでもぼく、だいぶんおっきくなったとおもうんだけど。」

腕をいっぱいにのばして、自分の頭に手をやる花京院に、承太郎は驚きの顔を隠せないまま、目を大きく見開いた。

―――じゃあ元はどんなサイズだったんだ。まさかスタンド攻撃か?

きっと花京院は、敵スタンドの攻撃を受けて、デフォルメされた人形の姿に変身させられたのだろう。彼本人が敵スタンドの一部だとは思えず、可愛らしい姿にあるいは、承太郎は『こいつは敵なのだ』と無意識に思いたくなかったのかもしれない。
第一、この姿で攻撃をしてきたとしても、体内に入って承太郎を攻撃するには体は大きいし、本体であるかきょういんが直接に承太郎を襲うには、あまりに小さすぎる。
なによりこの、どこか緊張感の欠く、のんびりとした状況に、どうしても切迫した空気が感じられないのだ。
花京院は敵の仕業で小さなかきょういんにさせられたというのに、本人自身が危機感を感じていないからかもしれない。

「テメェ、いつそんな格好にさせられたんだ。その…ちっちぇえ姿にって意味だ。」

それでも、かきょういんが攻撃された結果今の人形のような姿にさせられている事実は変わりはないのだ。なるほど、この姿で攻撃をしかけるのは不向きだ。そういう意味では、戦闘力を削ぐこの攻撃は、実は効率的なのかもしれない。自由に外を歩きまわることすらできないし、できたとしても、世界は突如、巨人たちのものとなり、簡単に人の足で踏みつぶされてしまうのだから。

そうなると、少しでも敵スタンド使いの情報は必要になってくる。承太郎はなんとか気をとりなおして、掌のかきょういんに促せば、彼はまた首を傾げて、おっとりとした様子のまま、丸い目をくりくりと瞬きする。

「いつからって…。ずっとだよ。ぼく、ずっとこのかっこうだもん。」

―――記憶まで操作しやがるのか。

かきょういんの返事に、承太郎は内心彼を攻撃したスタンド使いを罵った。外見だけでなく記憶まで操作して、彼を最初から『こういう姿だ』と思わせれば、万一知恵を駆使して攻撃される恐れもないからだ。
『これは案外やっかいな敵に出くわした』と、承太郎はかきょういんから目を反らして心内に呟けば、かきょういんはずっと彼の言葉に眉を顰めて思案を続ける承太郎を不思議そうに見上げた。

「…じょうたろう?」

掌から聞こえてくる、かきょういんの声に承太郎が俯けば、彼はほんのり、不安気な顔をする。
本当なら。
本当なら、一番やっかいなのも、不安なのも、全て当事者であるかきょういんなのだ。突如小人の姿にされただけでなく、人形のようなつくりに、思考まで退化させられている。頼みのはずの仲間は戸惑うばかりで自分をほったらかしにして思案に暮れていては、途方にも暮れるだろう。小さな体では満足に生活することもできないし、何より危険だ。

承太郎は大きかった『花京院』の姿の時と変わらず、すこしだけ眉尻を下げて自分を見上げてくるかきょういんに微笑むと、その頭を撫でようとして、慌てて伸ばした手をひっこめ、代わりに人差し指を差し出して、そっと頭に触れた。

「そんな顔すんな。俺がお前を守ってやる。誰にも攻撃なんてさせやしねぇ。」

武骨な手では簡単に彼を押しつぶしてしまうだろう。大きさなら掌で撫でても何とか誤ってつぶしてしまう大きさではないけれど、どこか愛嬌のある、『可愛らしい』という形容のよく似合うかきょういんを、自分の粗野な扱いで壊してしまわないように、承太郎は指先を揺り動かす。
かきょういんの髪はふわふわとしていて、花京院だったころの髪よりも幾分明るく、触れると随分と柔らかい。意外なさわり心地の良さに、承太郎はずっと指を揺り動かして頭をなでてやると、かきょういんも気持ちが良いのか、くしゃりと顔を笑顔に変えてコロコロと笑う。花京院の控えめで柔らかな笑みは、かきょういんになると、とても愛らしく、子供が親に褒められてはにかむように、かきょういんは頬を桃色に染めてゆらゆらと頭を承太郎の指の動きに合わせて揺らしながら嬉しそうに笑った。

ふんわりと、音でもしそうな、和やかなかきょういんの笑みに、思わず承太郎も釣られて頬を緩めれば、細めた目の先に、かきょういんの桜色に染まる頬が目に付いて、元々肌理の細かい肌だったのが、今では柔らかさが勝り、つるりとした見た目に、思わず触れてしまいたくなる。

くるくると音を立てて笑う花京院の、ほころんだ頬を見つめているうち、どうしても触ってみたいという欲求がむくむくと湧き上がってきて、それはまるで、目の前に出された珍しい菓子を、大して腹も減ってなければ、甘いものが好きというわけでもないのに、気づけば口に入れてしまったように、極自然に指先を頬にやれば。

…ふに。

「ひゃあッ。」

突然、指先で頬をつつかれたかきょういんは、ころりと掌に転がった。

――――柔らかかった…。

倒れたかきょういんを見守りながら、指先を突き立てたままの形で固まる承太郎は、かきょういんの頬に指先を押しあてた瞬間の、独特の感触の余韻に浸っていた。

『ふに』、と音がした。
…ように聞こえた。

それほどやわらかく、また指の関節一つ分埋まってしまうほどの弾力に驚いたのだ。
肌理も細かく、むしろさらりとした感覚で、ふんわりと柔らかい。指を離せばたちまち元の形に戻るくせに、押しあてればどこまでも指が埋まるような、押しあてた指の爪の形など、簡単についてしまいそうな繊細な作りなのに、思わずまた押しつけたくなるような、あの感覚は、まるで。

―――マシュマロ、みてぇ。

『ならさしずめ、こいつはマシュマロ人形か』と思いかけて、仮にも共に敵を倒しに出かけた仲間を『マシュマロ』などと、元の彼からは縁遠い姿に、慌てて脳裏によぎった菓子の姿を首を振って振り落とすと、掌でしきりに両手両足をばたつかせながら起き上ろうとしている花京院を、慌てて助け起こした。

「ひどいよ、じょうたろう。」
「…すまん。」

つぶらな瞳が潤んでいて、まるで飴色のビー玉のようだ。
それにしてもこんなにも柔らかくて、小さくて、愛らしいのは、これはある意味とても、ゆゆしき問題ではないだろうか。

まだ、或る程度の硬さや強さがあれば、小さくても何とかなるのではないかと…『何に』と言われれば具体的には思いつかないが…思っていたが、想像よりもずっと

―――やわ、だなぁ。

しみじみと思うほどの、いっそ繊細な作りに、承太郎は途方に暮れる。

これではポケットに忍ばせて、自由に歩きまわるにも、がさがさとした中でつぶれやしないかと心配になってしまう。
だからといって、常に掌に乗せていくわけにもいかず、握りしめても、あの柔らかさでは、ちょっと力んでしまった瞬間に、簡単に握りつぶしてしまう可能性もありうる。
では肩に乗せたとして、自分の肩で風を切るような乱暴な歩き方では、知らないうちに振り落としてしまう恐れもあるし、帽子の中に隠すとして、硬い髪に、肌が傷つきやしないかと心配になる。

―――てか何で俺は、こいつを携帯すること前提で考えてんだ。

強面の屈強な2メートル近くもある男が、小さな可愛らしい人形を乗せて不機嫌に歩くなど、想像するだに違和感を通り越して、或る意味恐ろしい。

それよりも考えるべきは、『彼をどうやって元に戻すか』だ。

「花京院、おめぇ、そんな姿になったきっかけってのは、覚えてねぇのか?」
「きっかけ?」

何にしても、もとに戻る糸口でも見つけなければならない。何でも良いのだ。『思いつくことならなんでもいいから言ってみろ』と促す承太郎に、かきょういんは小さな指を顎に押し当てて、難しく考えるそぶりをしてみせた。…はずだが、いかんせん3等身の人形では、緊張感に欠け、愛嬌が勝る。思わず吹き出してしまいそうになるのを承太郎は必死でこらえながら待っていると、かきょういんはくたりと首をかしげる。

「ぼく、なにもわからないんだ。このすがたはずっとだし、じょうたろうをしってるのも、ずっとだよ。」
「変身しちまった時の…何て言うかだな…元の姿ん時の、なんかねぇのか。」
「もとの、すがた?」
「ほれ、お前が俺くらいデカかった時のだな。」
「ぼく、じょうたろうほど、おっきかったのッ!?」

かきょういんは、つぶらな瞳を限りに見開いて、酷く驚いたそぶりをしてみせた。
あんぐりと口を開いてのけぞる様は、人形の姿に相応しく、思わず承太郎がまじまじと見守っていると、かきょういんは見る間に目を輝かせて、前のめりに承太郎に詰め寄る。

「おっきいぼくって、どんなかんじなの?ぼくも、じょうたろうみたいに、かっこうよいかなぁ。」
「どんなって―――。」

何と答えればよいのか。

そう考えれば、花京院の容姿について、考えたことなどなかった。
思い返せば、承太郎の脳裏に、名前を呼ばれて振り向く彼の姿が浮かぶ。

明るい色の髪が頬を半分隠していて、白い肌は血色良く、日の下に曝されている。
薄い唇は、なるほど人よりは幾分大き目だけれど、品があり、その上にまっすぐに筋の通った鼻の両側には、切れ長の鳶色の瞳が承太郎を見つめている。長い睫毛の下の瞳は濁りなく、まっすぐに承太郎を見つめ返し、すこしだけ眉尻を下げる笑みでもって、彼の癖である、首を傾けている。

一房だけ長い前髪が肩にたわんで、風になびく長い裾の制服姿も、すっきりと細いが、しかし凛とした立ち姿も凛々しく、雄々しいというよりも猛々しいというにふさわしい、どこか清涼で、どこか可憐な、彼の姿を思い出し。
そうして、掌の上で両手を握りしめて、期待に目を輝かせる可愛らしい生き物が、同一人物なのだと思い至り。

「…………………。」

そのあまりの差に、承太郎は落胆とも微笑ましいとも理不尽ともとれる、複雑な気分そのままに、憮然としたまま答えに窮した。

「…………………。」
「じょうたろう?」

何処か、しみじみと感慨深そうに自分を見つめてくる承太郎に、かきょういんはまた、首をかしげる。
一体このかきょういんは、いちいち疑問に思ったりいぶかしんだりする度に、くたりと首をかしげて、つぶらな瞳をくりくりと見開いて見せるものだから、いけない。
柔らかな人形の、腰を折ってみると、たわんで丸みが増すように、大きな頭を傾けて、承太郎を見上げてくるしぐさは、年端もいかない子供の、無垢なそぶりに似ている。これがもし他の誰かだったり、実際の子供だったりしたとしても、承太郎は爪の端すらも興味をそそられないだろうが、いかんせん相手は『元・花京院』である。そう思うと、普段の澄ました態度や、柔らかな物腰、上品な佇まいや穏やかな笑みと一線を画した、微笑ましく可愛いそぶりや外見に、承太郎は思わず途方に暮れてしまうのだ。

今も、そんな承太郎の気持ちなど構いもせずに、無防備に無垢な姿を曝していて、これでは承太郎のせっかく『早く花京院を元に戻さなければ』という決心も、鈍らせてしまう。
どころか、呑気に元の自分の姿を聞いて来るものだから、

「ぼく、おっきいときは、どんなかお、してるの?」
「あぁ…何というか、だな。」

承太郎の方も、思わず律儀に答えてしまうのだ。

「綺麗な、顔をしている。」
「きれい?」

どうも、この感想は小さなかきょういんにはお気に召さなかったらしい。
てっきり『格好良い』とか『強そう』だとか、いっそ『勇敢』だとか、そういった、闘いに投じる旅の仲間らしく、『雄々しい』姿を期待していたのに、予想外な答えが返ってきたものだから、かきょういんの顔は、期待に満ちていた輝きがみるみる色あせて、当惑と拍子抜けが混ざったような複雑な顔をしている。

対する承太郎も、そんなかきょういんに合わせるように、徐々に眉尻が下がっていき、困惑と戸惑いが混じったような、情けないような困ったような、何とも珍妙な顔をしていた。

『綺麗』などと。
今まで、改めて思ったこともないし、しみじみと感じたこともない。
確かに花京院の顔は整ってはいるが、改めて醜美について考えたこともないし、第一、同じ旅の仲間に対する形容にしては、いささか耽美な響きに、

―――何、言ってんだ俺は。

内心自分の発言に反省してみたりした。
しかし一度その言葉を形容したとたん、今まで彼を目にする度に感じていた胸のひっかかりが、すとんと滑り落ちたような気になったのも事実だった。

『綺麗』だなどと。
同じ男に形容するにはいささか甘い響きに、何となく納得がいったのも事実なのだ。
つまりは承太郎自身、花京院に対してその類の…『綺麗』だとか、『可憐』だとか、どこか美化の過ぎた感のある感想を形容する、フィルタのようなものを持っているわけであって、そしてそれは他の旅の仲間には決して持ちえないような、甘やかなものであって。
…今の小さくなってしまったかきょういんに対しても『可愛い』だとか『愛らしい』だとかいう感想を、何の隔たりもなく思ってしまう、そんな感情につながるということは。

―――何もこんな時に自覚しなくても、いいじゃねぇか。

よりによって緊迫…はしていないが、非常事態に、花京院への特別な『想い』を思い知らされてしまったことに、当惑を隠しきれず、かきょういんと同じように、(理由は、異なるものの)複雑な顔をする羽目になってしまったのだった。

「…ま、何にしてもだ。」

何はともあれ、花京院を自分がどう思っていようと、またどうしたかろうと。

「お前を、元に戻さねぇと、埒があかねぇ。」
「もとにもどす?」

舌ったらずの声でオウム返しに承太郎の言葉に答えるかきょういんの、きらきらと光る瞳を覗きこめば、彼の期待に満ちた感情が溢れんばかりに伝わってくる。

「ぼくも、じょうたろうみたいにおっきくなったら、かっこうよくなるかなぁ。」

おっとりと、夢見るように呟くかきょういんに、承太郎は元の彼の姿を思い起こし。

「…俺程じゃあねぇさ。」

ピン、と指先でそっと、かきょういんの額をはじいておどけてみせれば、彼は首をのけぞらせて、ころころと笑った。





「それで、元に戻る方法なんだが。」

相変わらず掌の上にかきょういんを乗せたまま承太郎が提案すれば、かきょういんは『ううん』と難しそうに腕を組んで、考えるそぶりをして見せる。

「一番手っ取り早いのは、お前をそんな姿にしちまったスタンド使いの野郎をぶちのめして、スタンド能力を解除しちまえばいいんだが。」

『お前にゃ肝心の敵スタンド使いの記憶がねぇんだよな』と念を押せば、かきょういんはわずかに顎を引いて、申し訳なさそうにこくりと頷く。

「でもぼく、ちいさくされたおぼえは、ないんだよ。」
「記憶がなくなっちまってるからな。」

さっきも同じ話が出たのだ。彼自身は、記憶をなくしているか、操作されているかして、敵スタンド使いの存在も、攻撃も記憶にないのだ。そうなると、彼からの助言は当てにならない。

「ぼく、もうおっきくならないの?」

さみしそうに、甘えた声を挙げて言うかきょういんは、承太郎を上目づかいで見上げてくる。
かきょういんの光を映したビー玉のような瞳が承太郎を映していて、捨てられた仔犬のような顔つきに、承太郎は気の毒と思うよりも愛おしさが勝り、思わず顔が緩んでしまう。

「そんな顔すんな。お前は俺が守ってやる。元に戻る方法は…わからねぇが、まさか一生このままってこともねぇだろ。敵の目的はテメェをちびにすることではなく、あくまで俺らを倒すことだ。したら必ず、相手は現れるってもんだ。」

不安がるかきょういんを安心させようと、内心考えなしの言葉だと思わないでもなかったが、極力明るくふるまって答えれば、かきょういんは安心するよりもむしろ、ふに落ちないようにまた、くたりと首を傾げる。

「そのひとが、ぼくをおっきくしてくれるの?」

『じゃあ、もう、おまじないしなくても、いいのかなぁ。』と、続けたかきょういんの言葉に、承太郎は聞き逃しかけて慌てて顔を近づけた。

「おい、その『おまじない』ってなぁ、何だ。」
「おまじない?」

承太郎の質問に、かきょういんはにこりと微笑むと、両手を広げて、声を挙げた。

「おっきくなる、おまじないだよ。いつもしてるんだ。このおまじないをしてもらったら、まいにち、すこしずつおっきくなるんだって。」

かきょういんの言葉に、承太郎はそれまで何の手掛かりもなかったスタンド解除の方法の糸口を見つけ、花京院の言に聞き入った。そして彼の『〜だって』という言葉の語尾から、実はかきょういんのように小さくされてしまったのは、既に一人ではないのだということ、そして小さくされた者同士が、出会っている事実を知った。

それにしても『おまじない』とは。

科学的根拠のない…スタンドを科学で推し量ること自体ナンセンスではあるけれど…方法で、スタンドが解除されるならば、そんな楽な方法はない。どこかメルヘンチックな響きは捨てきれないが、一縷の望みを託して、既にその方法がとられている、らしいのも事実なのだ。『少しずつ大きくなる』という言葉を額面通りに取れば、その『おまじない』を行えば、徐々にではあるが、元の姿に近づいていくということだ。
元はどの程度の大きさで、どのような姿なのかは知らないが、今の3等身の煙草大の花京院も、その『おまじない』を行った結果、今の姿にまで『戻った』のだろう。
そうであれば、実践するに越したことはない。

しかし、『おまじない』とは。

その響きに、おとぎ話や迷信の類が付きまとうように、古今東西、変身ものの童話や寓話には、劇的な変化を伴うだけに、物語のクライマックスに相当する儀式が必要とされている。変身は、逆に取れば、まず起こり得ない事象であることを前提としているだけに、『奇跡』に相当する『おまじない』つまりは『儀式』が必要になってくるのだ。
例えば、日本では『一寸法師』の、『打ち出の小槌』にみるように、存在しない物を登場させることによって。
例えば、西洋では『蛙と姫』の例に見る『蛙をたたきつける』という、通常の生命倫理では犯しがたい一種の死を与えることによって。
劇的な変化には、劇的なイニシエーションが存在するのだとすれば、かきょういんの言う『おまじない』もその類なのだろうか。しかし『少しずつ』なのであれば、それはもっと、日常的なものなのかもしれない。

…例えば、何処かの国の、蛙に変身させられた姫に、王子が施した奇跡のように。

「で、その『おまじない』ってな、具体的には何をすりゃあいいんだ。」

何となく、自分の想像する範囲で事が運びそうだと思いつつも、かきょういんに問いただすと、彼はにこりと頬笑みながら

「『おっきくなぁれ』って、おでこにキスを、するんだよ。」

―――やっぱり。

期待を裏切らない展開に、一気に力が抜けて、承太郎はかきょういんを掌に乗せたまま、がくりと肩を落とした。

承太郎の気も知らずに、かきょういんはさっきからずっと、にこにこと笑っている。
彼にしてみれば、承太郎のキス一つで『大きくなれる』のであれば、それほど喜ばしいものはない。
スタンド攻撃を受けた展開としても、さっさとその『おまじない』を済ませて元に戻った方が、得策である。
しかし、だからと言って、キスとは。

―――花京院相手にもまだ一度もしたことねぇぞ、俺は。

冗談のキスすら…日本人同士であればなおさら…したこともないのに、掌サイズの、しかも三等身の花京院相手にしなければならないなど、見ようによっては、滑稽を通り越して、どこか『変質的な』ものを感じる。

―――相手は、人形みてぇなもんだ。

人助けだと思えば、キスの一つや二つ、大したことではない。しかし

―――相手は、花京院だ。

図らずも、自分の想いを自覚した直後の相手である。目の前の花京院はそんな承太郎の想いなど微塵も知りはしないだろう。きっと親切心で施してくれると思っているし、まさか断るなどと夢にも思っていないだろう。

―――よりによって、こんな格好の。

惚れた相手と交わす口付けが、まさかこんな展開でなされるなど、喜んで良いのか悲しんで良いのか、むしろ笑って良いのかすら分からなくなる。

「じょうたろう、ぼく、おっきくなりたい。」
「………………。」

かきょういんを目の前に、内心混乱しつつも彼を睨めつけたまま、沈黙する承太郎に、かきょういんは屈託もなく促す。
アーモンド形をした目でまっすぐに見つめられては、にべもなく断ることもできない。それに相手は、『花京院』なのだ。
それに考えようによっては、これは承太郎としても、幸運なのかもしれない。

承太郎はそっと、頭の端にかきょういんにキスを施している自分を想像してみる。
小人相手に何をやっているのだと情けなくもなる情景も、それが旨く行けば、元に戻った花京院に、口付ける口実ができるということになる。
そうなると、いつの間にか承太郎の頭の中で、手のり大の人形相手に施している口付けが、いつの間にか等身大の、元の花京院になって、都合よく彼の腰を引き寄せて、柔らかな唇に己が唇を重ねている姿に変わり、一旦離れかけた身体を再び引き寄せて、今度は想いすら注ぎこむような、濃厚なそれへと展開されていくのに、承太郎は独り、下品な発想に自分を叱咤しながらも、つい緩んでしまう口元を、わざと思案に暮れるふりをして掌で覆い隠す。

「…じょうたろう?」
「………ん?あぁ。」

首をかしげて顔を覗きこむかきょういんに、承太郎は邪念を悟られまいと下手な咳払いを一つ施して、改めて花京院に向き合えば、彼はマシュマロのように柔らかな頬を興奮に染めながら、期待に満ち満ちた目で承太郎を見つめている。

「ん。まぁ、その何だ。俺が『おまじない』してやっから、とりあえず。」

『目ぇ閉じろ』と、ぶっきらぼうに言い放てば、かきょういんは素直に『うん』とこくりと頷いて、首を伸ばして目を閉じる。

きゅ、と強く目を瞑って、『大きくなれる』喜びが抑えられないのだろう、満面の笑みのまま顔を向ける花京院をまじまじと見つめれば、その愛らしさに、また承太郎は頬が緩んでしまう。

この可愛らしい小人のかきょういんが、もう見れないのは少し、惜しい気もするけれど。
それでも元の彼に比べれば、戸惑う必要も理由も何処にもないのだと、承太郎は一度、指先でかきょういんの頭を撫でてやってから、自らもそっと目を閉じて、かきょういんの顔に、自らの唇を近付けた。

そうして、触れあったと思われた、二人の距離は。

「…………ってぇッ!!」

ちくりと鼻の先を刺す、鋭い痛みによって、埋まることなく中断されたのだった。





何が起きたのかわからず、承太郎はかきょういんを乗せた掌から仰け反り、鼻の痛みに手をかざせば、痛みと共に一瞬、鼻先に感じた重みが取れて変わりにストンと軽やかな音が響き、かきょういんを乗せていた掌に重みを感じた。
目の裏がチカチカする痛みに耐えながら、それでも何とか目を瞬かせて、痛みの原因を探ろうとすれば、ぼんやりと滲んだ視界に、掌にいるはずのかきょういんの姿が消えている。

…いや、正確には消えているのではなく、居るのだがその前に見慣れない『何か』が立ちはだかっている。

何だと目を凝らして、もう一度掌に目をやれば、そこには。

「おいおまえッ!」

どこかで聞いたような、上ずったような声が、承太郎に向けて浴びせられた。

「おまえ、おれのかきょういんに、なにしやがるッ!」
「……………あぁ?」

ぼんやりとした視界に現れた『それ』は、まるで承太郎からかきょういんを守るように、彼の前に立ちはだかり、顎を引いて後ろ手にかきょういんを下がらせたまま、承太郎を睨みつける。





その、藍色の物体は小さな声で『だいじょうぶか?』とかきょういんに聞きながら、承太郎を睨みつける姿を崩さずにいるのを、承太郎は瞬き一つ施して、忌々しげに睨みつければ、ようやくはっきりしてきた視界と、鋭い痛みから鈍いそれへと変わりつつある鼻の痛みも相まって、苛立たしさを隠しきれない返事を施した。

―――『俺の』だと?

『それ』の言葉尻が気に入らない。
しかし『それ』は花京院をかばったまま承太郎の前に立ちはだかり、ぎり、と歯を剥き出しにして睨みつけてくる。

「おまえ、かきょういんにわるさしてみろ。おれがまたかみついてやるッ。」

なるほど、さっきの痛みは、『それ』が承太郎の鼻面に噛みついた所為らしい。

それにしてもどこかで見覚えのある、妙に他人に思えない『それ』の見てくれに、承太郎は忌々しさ半分、いぶかしさ半分で片眉を吊り上げてみれば、『それ』の袖からひょっこりと顔を覗かせたかきょういんが、きょとんと眼を見開いたまま、くたりと首を傾げていた。
かきょういんは承太郎と『それ』と見比べながら、ぱちりと音がしそうなほど、大きく見開いた瞳を瞬きして

「じょうたろう。」

名前を呼んだ。

「何だ。」
「なんだ。」

しかし返事をしたのは承太郎も『それ』も同時で、呼びかけと同時に二人そろってかきょういんに振り向くと、かきょういんはアーモンド形の瞳を限りに見開き驚いて、思わず両手で口を押さえた。

「………おい。なんでテメェが俺の名前名乗ってんだ。」

承太郎はさっきからかきょういんが『それ』にしがみついて、肩越しにつま先立ちになりながら承太郎を見上げるのが気に入らない。
さっきまでは承太郎の掌に乗って、コロコロと無邪気に笑いながら話していたのに、今ではかきょういんと承太郎の間には『それ』が隔たって、柔らかな頬も、ふわふわの髪も、ころりと小さな身体も、充分に見ることができないのだ。
元は『花京院』だったかきょういんならば、愛らしさもひとしおで、既に承太郎はかきょういんを『花京院』としてしか見ていない。
そうすると、必然的に承太郎にとっては『それ』が邪魔者になり、しかも自分と同じ名前というのが更に増して気にいらないのだ。

「ふん。おれのなまえはうまれたときから、じょうたろうだ。おまえこそ、かってにおれのなまえをなのるんじゃねぇぜ。」

『かきょういんまでゆうわくしやがって』と、『それ』…じょうたろうは、後ろ手に庇うかきょういんの手を取ると、これ見よがしにかきょういんを抱きよせた。
ぎゅ、と抱き締めるというよりもしがみつくようなしぐさは、かきょういんと同じく煙草大の大きさのじょうたろうも、充分に可愛らしいものだけれど、目の前でかきょういんを取られた気のする承太郎は面白くない。
じょうたろうがかきょういんに頬をひたりとくっつけて、むにりと顔を重ねる様に、ひくりと神経質に承太郎の片眉が釣りあがり、我慢がならなかったのか、彼は派手な舌うちをして手を伸ばす。

「おい、花京院から離れやがれ、クソガキッ。」

珍しく声を荒げて手を伸ばせば、じょうたろうはかきょういんを抱き締めたまま、ぐ、と彼を引き寄せて承太郎に背中を見せる。
振り向きざまに睨みつけた瞳は、承太郎と同じ深い緑色をしていて、目深にかぶった帽子から覗く鋭い瞳が光ったかと思うと、彼の背中から、突如藍色の光が飛び出した。

―――な…にッ。

輝く光に一瞬怯み伸ばした手を引こうとすると、突如現れた藍色の光は、見る間に人の姿に形を変えて、承太郎の手めがけて飛び込んでくる。

「オラァ!」
「テメェ…スタンドかッ!?」

じょうたろうの背中から現れたスタンドは、伸ばした承太郎の腕を弾き飛ばすと、見る間に腕を伝って昇っていく。
後ろからついてくるじょうたろうはしっかりとかきょういんを腕に抱いたまま、軽快に承太郎の腕を渡りあがると、呆気にとられて怯む承太郎の眼前まで迫って、のけぞる承太郎の肩からぴょんと跳躍し、スタンドの手を借りてかきょういんもろとも宙に飛びあがった。

眼前に小さなスタンド…それはスタープラチナに酷く似ていたが、スタンドも3等身程の人形のようにデフォルメされた姿だった…を前に、きゅ、と目を瞑ってしがみつくかきょういんを抱き締めたじょうたろうが、承太郎と目が合うなり、にやりと歯を見せて笑う。

「かしらをとったッ!…おおてだ。」

じょうたろうが言うなりスタンドが拳を振り上げる。
承太郎は咄嗟にスタンドを出しながら手を挙げて防戦に徹しようとするが、鼻先にまで伸びたじょうたろうのスタンドは素早く、突き出されたスタンドの拳が、逸らした顎に触れる。
雄たけびを上げて拳を繰り出すスタンドは、承太郎の顔を無数の腕で殴りつけた。
怯んだ所為で強かに顔を打たれた承太郎が仰け反る。

のけぞった、先にあったものは。

ソファの背もたれにあつらえた木製の装飾だった。

ご、と鈍い音を立てて強かに後頭部を打ちつければ、ぐらりと頭が鈍い痛みと共に揺れる。
視界はぐにゃりと歪み、閉じかけた瞳に、迫りくるじょうたろうのスタンドの透けた姿ごしに、じょうたろうにしっかりと抱かれたまま、驚きに目を見開くかきょういんの姿が映る。

―――花京院…

薄れていく意識の中で、霞んでいくかきょういんに手を伸ばす。
遠くで、かきょういんの承太郎を呼ぶ声が聞こえた。





「……たろう。」

暗闇の中で声がする。
承太郎は低いうなり声を挙げて呼びかけに答えた。鈍い痛みはいまだ続いていて、一瞬擡げた瞼が、光を拒んでまた閉じてしまう。

「…う、たろう。」

聞きなれた、気遣いを含む声に承太郎がうっすらと目を開けるとそこには。

「―――承太郎。」

首を傾げたまま、承太郎を心配そうに覗きこむ花京院の姿があった。

電光を背に首を傾げて、長い前髪を耳にかけながら承太郎を覗きこむ花京院の、耳心地の良い声に、承太郎はまた一瞬目を閉じようとするが、視界に入った花京院の姿を見るなり、目を見開いて勢いよく起き上がる。

がばと起きるなり突如身体を擡げた承太郎に驚く花京院に向き合うと、腕をひいて抱きよせる。

「…ちょ…ッ。」
「―――花京院。」

しっかと腕に花京院を抱き締めれば、背をのけぞらせたままソファに倒れこんだ花京院は承太郎に寄りかかる形になる。
突如起き上がるなり抱きしめてきた承太郎に、花京院はなすすべもなく腕の中で強張ったまま固まっていると、承太郎は身体を離して花京院の頬を両手で包みこんだ。

柔らかな、しかししっかりと輪郭がわかる程良い質感に、承太郎は両手で花京院の頬を撫でながらその感触を確かめる。

「花京院。」
「……はい。」

しかし険しい顔をした承太郎は、花京院の返事に『うむ』と深く頷くと

「大きく、なったな。」
「……はい?」

予想外の言葉をかけられて、今度は花京院の顔が顰められる。
相変わらず至近距離で見つめられたまま、いつまでも両頬を包まれて掛けられた言葉の、意図がつかめずに花京院が何度も目を瞬かせていると、承太郎は尚も意味不明の事を語ってくる。

「さっきまで、掌サイズだったが…成長したもんだ。」
「……僕が掌サイズだったなら、君は僕が胎児の頃から知ってることになるじゃないか。」

低い声で間髪空けずにこたえると、承太郎は一瞬、目を反らして自分の発言にいぶかしむように首を傾げた。

「…承太郎、君寝ぼけてるんだね。」
「……………。」

繋がらない会話に、花京院はそっと両頬を包む承太郎の手から一歩下がって抜け出ると、眉尻を下げたまま穏やかに言い放った。
どこか同情的な、けれど柔らかな、困ったように笑うその顔は、承太郎が普段見慣れたもので、先ほどまで見たつぶらな瞳の小さなかきょういんも、それは充分に可愛いかったけれど、今の彼の笑みは愛嬌と共に安心感をも感じる。
そっと腕から抜け出た花京院の、さっきまで胸に触れていた温もりが消えたのを寂しく思いながらも、戻った彼の姿に安堵しながら見惚れていると、花京院は『それより』と

「はやくロビーに行かないと。皆でレストランに行くんだって。お腹空かせて待ってるよ。」

クスクスと笑いながら承太郎の脱いだ帽子をそっと手渡す。
帽子を受け取った際に触れた指先は、掌にいたかきょういんの触れた指先よりももっとずっとしっかりしていて、細く骨ばった感触に、承太郎はまたぼんやりと小さなかきょういんを思い出す。

承太郎のように大きくなりたいと目を輝かせていたかきょういん。
つぶらな瞳で承太郎を見上げて、くるくると良く笑い、良く承太郎になついていたかきょういん。
掌にすっぽりと収まる、柔らかな彼の、愛らしさを見れないのは少し寂しいけれど、目の前で朗らかに笑う彼には変えられないのだと思えば、あれは花京院の言うように夢だったのではないかと、承太郎も思えてくる。

けれどまだ、掌に残る感触に、小さなじょうたろうのスタンドに叩かれた感触に、ふに落ちないものがあるものの

「承太郎、早く。」

ドアを開けたまま承太郎を呼ぶ花京院の声に、がりがりと首筋を掻いて起き上がると、承太郎は花京院を追って部屋を後にした。




パタンとドアが閉まり、明かりをつけたままの部屋は、しんと静まり返る。
廊下からも人の気配が消えてしばらくすると、ソファに置かれたクッションの端がもそもそと動いた。
ソファと肘掛の間から、ふわふわの赤毛が顔をのぞかせると、きょろきょろと左右を見渡して、小さな身体が姿を現す。
かきょういんは誰もいないのを確認すると、『よいしょ、よいしょ』と身体を揺さぶりながらソファの隙間から這い出てきて、先ほどまで承太郎の居た位置まで身体をよちよち歩きで移動する。
承太郎や花京院の居なくなったのを見届けた彼は、くしゃりと顔を笑顔にすると、両手を口元に押し当てて、クスクスと笑った。

「…やれやれだぜ。」

その傍らでは、じょうたろうがソファに凭れたまま背もたれに腕枕して煙草をふかしている。





2009.11.3



夢だけど、夢じゃなかったッ。