暗号通信+α







その日、SPW財団ダラス本社は騒然となった。

正体不明のウイルスが本社に侵入、コンピュータセキュリティシステムへ潜入し、全システムを膠着状態に貶めたのだ。

科学技術班が総出で対応に追われたのは言うまでもなく、機械工学部門と共同で、復旧に追われることになった。

同時に本社から支社への通信は一切不通となり、連絡は各自支給されている携帯電話のみ、しかも支社から本社への携帯電話通信は許可されているが、本社からの通信は、全て遮断された。

当然支社にも混乱は生じ、各部署に急遽増加支給された携帯電話はひっきりになしに鳴り続け、電報まで送られる始末、挙句の果てには支社から車で駆けつけたスタッフが状況説明を求め駆けつけ、そのまま電話係りに転身して、ひたすら謝り続けるはめになった。

そうしてなんとかウイルスの特定へとたどり着いたが、そこで科学技術班はぴたりと動きを止めることになる。

ウイルスが、コンピュータプログラムされたものでなく、だからといって、本物のウイルス…カビなどの有機体…でもなく、正体不明の物体、らしき、ものが原因であるという結論に到ったのである。

正確に言えば、コンピュータウイルスには違いないのだが、プログラム化されたウイルスでありながら、構成されたプログラムにも、物理的にもそのウイルスが駆除できない状況にあったのである。平たく言えば、コンピュータプログラムと、実際の生物が融合したような形のウイルスであると結論付けられることになった。

そうなると機械の範疇では納まらなくなり、生物学部門、医学部門からも研究員が呼び出され、本社は通信機能はおろか電気機器一切をシャットダウンして緊急会議が開かれた。ウイルスはコンピュータプログラムを破壊しつつ、通信ネットを介して増殖、更には金属のゆるやかな腐食を齎すという、ハードにおいても、ソフトにおいても最悪の事態に、各部署から選出された科学者達も混乱を来たし、更にはウイルスらしきものは存在するのに、実物としてそのウイルスが目に見えないという、『透明なウイルス』に頭を抱える事態へと陥った。

そうして、議長の悲鳴と共に、超常現象部門が会議に加わったのである。

目に見えない、触ることもできない、そのくせコンピュータウイルスであり、更には有機体らしき属性も持っているとなれば、もう常識の範疇ではなく、最後の切り札と呼ばれた超常現象部門の部長が加わった結果、可能性としてスタンドによる攻撃であろう、と推測されるに到った。

スタンド攻撃であるならば、いくらそれを専門に研究している部署とはいえど、実際にスタンドを目に見ることができる者にしか対応はできない。ならば対応できるのは現在SPW財団所属の人間の中でも一握りしかおらず。

スタンド使いであり、情報通信、機械工学にめっぽう詳しく、更にはSPW財団所属の人物として、挙がった、その人物は。

ニューヨークから急遽ジェット機で本社に駆けつけることになったのである。

夜1時に財団から独立した外部電話を使ってその人物へ電話をかけたとき、ニューヨークでは深夜2時、殆どの人間が眠っている時間である。更にはコンピュータウイルスが発見された日、その人物は『別件』で社を離れており、SPW財団の全ての業務規約から解放されるという『特別条項1-2』が発令されている為、本社の混乱は一切知らされていなかった。

特別条項とはつまり、『ジョースター家に関わる際は、SPW財団の社員は一切の業務から解放され、ジョースター家の補佐に廻る事。また、その期間において、SPW財団社員は財団のあらゆる任務よりもジョースター家への補助、協力が全てにおいて優先される。』というものである。

案の定電話の主も眠っているのか、繋がったのは8コール目であった。ブツ、と鈍い音を立てて繋がった電話の主の声は、普段の電話の声からは考えも付かない程に低く、あまりに不機嫌であった為、超常現象部門長は、思わず用件を言うのをたじろいだ。

それでも勇気を出して本社のコンピュータが何者かによってハッキングされ、SPW財団全ての通信がストップし、全社挙げて混乱状態に陥っているのだと捲くし立てると、返ってきた言葉は。

『…うるせぇ。邪魔すんな。』

だった。

モニターに映された電話の様子を、固唾を呑んで見守る会議の出席者は全員その一言に騒然となり、息すらまともに吐けないほどに硬直する。そのまま電話を挟んで沈黙する間が幾らか続いた後、電話口から何かをぶつける鈍い音が鳴り響き、次いでガリガリとノイズが走り、遠くでなにやら言い争う声が続き、ようやく再び会話が繋がると、今度は部長の聞きなれた声の主が現れたのである。

「花京院君。頼むから電話を切らないでくれっ!」

『すみません、お電話代わりました。あの―――用件は。』

もはや悲鳴交じりの部長の声に、慌てて答える電話の主は、何度も謝りながら用件を聞き出す。遠くで先ほどの声の主と思われる低い声が『切れ』だの『こっちの用が先だろうが』だのと文句を紡ぐのをBGMに、部門長は、それでも何とか状況を説明すると、会話の中に出てきた『スタンド』の言葉に、ぴたりと外野の声が収まる。

急に押し黙る電話口に、電話をかけている部門長も、それをモニターで観ている会議室も緊張が走る。沈黙に耐え切れず、息継ぎを洩らした部門長が、電話口で花京院の名前を唸ると、電話の声の主は再び低い声へと代わっていた。

『花京院を今からジェット機で本社へ送らせる。着いてから随時花京院の携帯電話へ連絡を入れるから、状況を知らせろ。スタンド攻撃による企業テロなら、ハッキングの元を叩く方が早い。』

他の携帯電話を使うと電波ジャックされる恐れがあるので、花京院の携帯以外は使うなと指示する声は、一気に捲くし立てるとブツリと通信を切った。

後に残された会議の各部長は、ただ花京院の到着を待つのみとなったのである。









ジョースター不動産のジェット機で花京院がニューヨーク本社に着くと、待ちわびた科学技術班のスタッフに連れられて、コンピュータ室へと急ぐ。彼を今かと待ちわびていた科学技術部門長と超常現象部門長は花京院の両側に位置し、本社の中枢を成すマザーコンピュータ(略してマザコン。しかしこの言葉を敢て使う者は、いない)を診て欲しいと懇願する。

コンピュータ室へと向かう彼が、廊下から電話の鳴り響く各部署の部屋を覗きこむと、机一面に並べられた携帯電話は全てひっきりなしに鳴り続け、その度にスタッフがしがみ付くようにして対応に追われていた。人の声と電話の着信音が入り乱れた不協和音は、部屋から遠く離れても、追いかけてくるように背中に響いてくる。

コンピュータ室に入るなり、花京院は巨大な柱状のマザーコンピュータを見上げる。緊張をはらんで見守る他のスタッフに向けて、

「あ、これ感染してますね。スタンドです。」

まるで風邪の診断でもするようにあっさりと答えた。スタンドの目にしか見えない、薄桃色のカビのようなスタンドが、コンピュータを覆い、壁を覆い蛍光灯にも、天井に張り巡らされた電気回線にもはびこっている。一通り部屋を見渡すと、彼は、唖然とする一同を置き去りにして、持ってきたノートパソコンに携帯電話を接続する。電源のついてない機器を机に並べると、彼はくるりと椅子を反転させて、一同に向き合った。

「電波に飛び火して増殖するスタンドのようです。さっき見た、支社への電話も皆既に感染してました。携帯を含めて、全ての電子機器を切ってください。電気も自家発電モードに切り替えて。」

本社全部が汚染されていると、淡々と語る彼の眼鏡が、電光を反射してきらりと光る。切れ長の瞳が細められて、笑っているように見得る。

「本当は本社自体を絶縁体で囲むのが良いんですが、そんなことは物理的にも無理だろうから、外部へ電波を発するもの全てを切るのが手っ取り早いです。しかし、既に携帯電話を介して感染は広がっているかもしれません。」

「…では、支社も既に―――。」

青ざめた顔で呟く科学技術班の一人に、花京院はさらりと答える。

「恐らく感染しているでしょう。電話ケーブルを介して支社へウイルスが飛び火してると思われます。電話ケーブルを借用してネットを繋げているわけですから。」

緊迫した状況をあっさりと話す彼の言葉に、その場にざわめきが起こった。お互いに顔を見合わせて、不安を紛らわそうとする皆のどよめきを、彼は椅子の肘掛に頬杖を付きながら酒楽に見守る。

「既にある程度の対策は立ててあります。これから承―――空条博士とジョースターさんの協力で敵スタンドを叩きます。僕の携帯を使って連携を取ります。」

『ちゃっちゃと、終わらせてしまいましょう。』と言いながら、にっこりと微笑む彼に、先ほどまでの不穏などよめきは、戸惑いと期待の混じったざわめきへと変わった。

それからのスタッフの対応は早かった。万一のスタンドによるハッキングに備えてモールス信号で通信をするという花京院の声に、急遽暗号解読班が結成された。携帯電話そのほか電気機器の一切の電源を切るよう指示する為、数人のスタッフが部屋を飛び出していく。電源を自家発電モードに切り替え、外部との一切の通信、電気供給を遮断し、残されたスタッフによって、ワクチン生成の為、新たに何台ものパソコンが用意された。

一通りの準備がそろったところで、花京院は自らのスタンドを取り出す。ハイエロファントの四肢を糸状にして、マザーコンピュータに侵入させたところで、電源の着いていない花京院の携帯から着信音が鳴り響く。紫の茨の絡まった携帯をスタッフが取り次ぎ、暗号解読に取り掛かる。

「携帯電話より暗号通信。『空条承太郎より花京院へ。状況の説明を求める』。」

「空条博士へ送信。『スタンド攻撃と特定。電波を介して無差別に増殖するアメーバ状のスタンドと確認。本社は既に発症。本社の電気機器一切が使用不可。自家発電モードに切り替え済み』。」

「携帯電話より暗号通信。『支社の様子も確認した。こっちも感染している。但し携帯の電波は弱いからか、被害は深刻に到らず。本体確保によるウイルスの駆逐が必要か判断する為、スタンドの情報を送信せよ』。」

「空条博士へ送信。『現在特徴を判定中。10分後にまた連絡を。ジョースター不動産経由にて各支社へ電波を使う機器の一切を使わないよう伝達されたし』。」

「携帯電話より暗号通信。『了解した』。」

ぷつりと切れた携帯電話の会話と共に、茨が消える。何が起こったのか分からないと花京院の背中を見守るスタッフに彼は向き合うと、今分かっている状況の説明を始めた。

今回のウイルスがスタンド攻撃であること。電波を介して無差別に広がるウイルスの為、電気機器の一切が使えないこと。本社は既に発症しており、金属の腐食が始まりつつあること。それゆえに今あるコンピュータは使えず、新しいコンピュータが必要になること。そして支社については、携帯電話を介してウイルスが広がっているが、本社程のダメージ…物理的攻撃までは到っていないため、スタンドを解除すれば恐らく復旧できるであろうこと。支社から更に外部への感染を避ける為、ジョースター不動産会社に協力してもらい、会社経由で各支社へ以上を連絡してもらっていること。

説明を聞くなり、状況の突飛さと、事態の深刻さに、皆パニック寸前の恐慌状態に陥りかけた。超常現象班にとってはまだ話が通じる事態だが、他の部門からすれば、SF小説の類かと耳を疑う話だからだ。

「ウイルスである、という状況には変りありません。機械工学部門は今あるコンピュータの破損状況を掌握、物理的復旧に努めてください。科学技術部門はワクチンの作成にかかってください。医学部門は人間への感染はないようなので待機、むしろ夜通し走り回ったスタッフのケアに当たっていただきたい。超常現象部門は……僕らの対応でデータを取りスタンド研究に使ってください。これから同じタイプの攻撃を受ける可能性があっても対応できた方がいい。金属の腐食も齎すスタンドです。新たに設置したPCは僕のスタンドで汚染を防ぐので、その間にワクチン生成をしてください。」

『これは企業テロだと考えて良い。』という最後の一言を合図に、一気に全員が動き出した。各部署が蜘蛛の子を散らすように一斉に仕事にかかる。コンピュータ室に新たに持ち込まれたPC達が、花京院とマザーコンピュータを囲む形で設置され、彼の携帯にも電源をつけないままにPCを接続する。

各部署への連絡事項はメールから紙媒体へと替わり、廊下を行き来するスタッフの足音がばたばたと響く。大量の紙が部屋へ持ち込まれ、また持ち出され、防災訓練のように緊張を伴いながら人の出入りが激しくなる中で、時折交わされる会話も、怒号に近く、いつもは殺伐とした静けさの漂う職場は、妙な活気に包まれた。

そんな中で花京院は、キーボードを指の動きが追えないほど素早く叩き、バックアップに当たるスタッフに矢継ぎ早に指示を与えながら食い入るように画面を見詰める様は、鬼気迫る状況と思いきや、むしろ今の事態を楽しんでいるかのように、彼は不敵に笑ってみせる。そんな彼を見守るスタッフの中に、静かな自信と活気が生まれる。普段は各部署の交流などめったにない中で、緊急事態に発生した結束は、更なる活気となって、辺りを包んだ。

再び花京院の携帯から着信音が響く。

「携帯電話より暗号通信。『スタンドの特徴を送信せよ。』」

「了解。『スタンドは電波に反応して増殖する遠隔操作型。コンピュータウイルスとしてプログラムを破壊。同時に金属の腐食を齎す為、一切の電気機器は使用不能。ウイルスの完全駆逐は本体による解除が必須。現在PCプログラム用ワクチンを作成中、スタンドによる接触可能にてハイエロファントによるPCセキュリティ確保。本体駆逐後ワクチンプログラムを注入する』。」

「携帯電話より暗号通信。『スタンドの型(本体の魂の形)より本体の探索を行う。型の特定を求める』。」

「空条博士へ送信。『スタンドの型を掴んだ。データを送信する。ハーミットパープルでスタンドの型を解明、本体の所在を特定されたし』。」

花京院が指で携帯に触れると、翠の光る糸が携帯を取り囲む。呼応するように紫の茨が伸び、ハイエロファントの蔦に絡まりながら、液晶パネルを点滅させる。

「携帯電話より暗号通信。『スタンドの型を受信完了。現在本体を特定中。…特定完了。本体はデトロイト在中。これより本体回収へ直行する』。」

「空条博士へ送信。『了解。本体確保後連絡せよ。確認次第PCプログラム用ワクチン注入を開始する』。」

『各支社より復旧の確認用にFAXを用意。』の言葉と同時に、新たにスタッフが走り出す。大量のFAXが別に用意された部屋に一列に並べられ、電源を切られたまま、電話回線に繋げられる。

「あとは、空条博士とジョースターさんが本体の確保を完了させた連絡を待つだけです。その間にワクチンを作ってしまいましょう。」

そういうと、彼は『お茶でも飲んで』とのんびりと付け加えた。手元はキーボードを素早く叩きながら、気楽にスタッフに声をかける様は、ピアノの弾き語りでもするかのようで、周りのスタッフの表情も、緊張に引き攣った顔から笑顔がこぼれ始める。

花京院が本社に着いてから、僅か1時間足らずで解決へと向かっている状況は、それまで本社全社員を挙げてパニックに陥っていた状態など嘘のようにスムーズだ。いつの間にか雑談すら聞こえてくる程余裕を見せ始め、コンピュータ室は穏やかな様相を呈する。

女性スタッフの運んでくれた紙コップに入ったコーヒーを啜りながら、ワクチン作成を行う花京院は、同時にスタンドでPCを守りつつ、承太郎からの連絡を待つ。顔色一つ変えず仕事をこなす彼に、彼を『仕事人間の室長』と揶揄する、同じ部署に居て普段の彼を知るスタッフのみならず、その場に居たスタッフ全員が、いつの間にか花京院を信頼と尊敬の念を持って見詰めるようになっていた。

とはいえ、マザーコンピュータが破壊されたことには変りなく、いくらバックアップを取ってあったとしても、本社が受けた被害は尋常ではない。

この後、ウイルス駆逐後の復旧作業と新たなセキュリティシステムの構築に膨大な労力を必要とすることになるのだが、今の彼らには、未来に対するツケにまで気を廻す余裕は流石になかった。

「室長、ワクチンの作成完了しました。注入準備も完了です。」

科学技術班の声に、スタッフから歓喜の声があがる。同時に花京院の携帯が鳴り響き、解読班が通信を読み上げる。

「携帯電話より暗号通信。『本体を確保。これより本社へ連行する。尚、本体はスタンドが再始動できないよう再起不能状態にした。医療班の待機を求める』。」

―――再起不能って……。

ポーカーフェイスを装いながら、内心花京院は承太郎からの伝達に頭を抱えていた。そういえば、本社からの呼び出し電話が掛かってきたとき、彼は大層不機嫌だったと思い起こす。当然だ。電話が掛かってきた時、彼らは。

……『別件』の真っ最中だったのだから。

誰にも気づかれないように、小さくため息を付いて、眼鏡をずらして目頭を押さえる。歓喜に沸く他のスタッフは彼の苦悩に気付かず、手を合わせて喜び合う者も居て、危機を脱した状況を見守る花京院も、思わず苦笑を洩らした。

「空条博士へ送信。『了解した。医療班を引渡し中継地点で待機させる。SPW各支社へ本社復旧の連絡を願う。1時間後FAX通信にてライン復旧の確認を取る。これからワクチンの注入に入る』。」

歓喜に色めき立つスタッフの一人に声をかけ、最後の仕上げと指示を送る。スタンドの脅威が去ったとはいえ、ウイルスプログラムが駆逐されたわけではないのだ。

『これよりワクチン注入を開始する。万一の放電に備えてPC担当者は絶縁体処理をした防護服を着用準備。アラームと同時に攻撃を開始する。』

拡声器による指示に、コンピュータ室に再び緊張が走った。スタッフは椅子に掛けてある防護服を引っつかみ、我先にと着込みはじめる。既に防護服で完全武装している花京院は、コンピュータにはりめぐらされたハイエロファントの触手で、スタンドの完全喪失を確認する。

『アラームセット。ワクチン注入準備。各自持ち場に付け。防護服を着用していない者はコンピュータ室より避難せよ。アラーム始動まであと5秒。各自準備。あと3秒…2秒…1秒―――』

部屋に響き渡るアラーム音に、一斉にPCのEnterキーが押された。

ドン、と爆音のような音を発して、液晶の画面に、1と2の羅列が埋まっていく。マザーコンピュータに翠の蔦が絡みつき、スタッフ達のパソコンにも蔦が見る間に絡まっていく。

「ウイルスの制圧を開始。」

「外部PCメインシステムへ接続。」

輝く翠に包まれたコンピュータは、パチパチと放電のような光を発して部屋を照らした。目を開けていられない程の翠色の発光に、遮光ゴーグルを装備したスタッフも、思わず手を翳して画面から仰け反った。

花京院の身体が緑色の蔦に絡まれながら、明るく輝く。

「制御システム応答中。」

「各所で分散型ウイルス除去進行中。」

「システムエリア近房の防壁再構築中。」

「システム再起動準備。」

「レベル1でデータ隔離開始。」

「中枢システムに複数接続。」

順調にウイルス除去が進行していく中で、再び花京院の携帯が鳴り響いた。既に電源を入れた携帯は、液晶を光らせて受信を待つ。

「室長、空条博士より暗号通信です。」

「今手が離せない。解読を。」

花京院の代わりに携帯電話を取ったスタッフが戸惑いながら彼を見つめる。PCを睨んだままキーボードを操る彼にスタッフは『日本語のようですが』と言葉を濁した。

―――日本語…?

先ほどまで英語での通信であったにも関わらず、此処に来て日本語に切り替えたことに訝しみながら、ちらりと指示を待つスタッフへ視線を投げかけた。

「構わない。そのまま読んで。」

「了解。『本体ハ中継地点ニテSPW財団ヘ引キ渡シ完了。ソノママ帰還スル。花京院ハウイルス駆逐後急ギ帰還サレタシ。尚、『別件』ニ関シテハ、対峙後、再開予定。愛シテル』。」

「……………………。」

「……………………………。」

「………………………………………。」

ピッ。

「…………あ…ッ。」

上ずった、掠れた声と供に聞こえた電子音が鳴ると同時に、スタンドの蔦が絡みつくマザーコンピュータを締め付ける。ピキピキと不穏な音を立てて放電を始めると、各所からけたたましい警告ブザーが鳴り響いた。蛍光灯は点滅を始め、ビルは微振動を始める。

「室長!エラーコード発動です!」

「室長!不正規アクセス確認!」

「室長!ウイルス駆除率60%で干渉が入りました!」

「室長!データ隔離不能!」

更にはばたばたとコンピュータ室に駆け込んできたスタッフが、血相を変えて叫ぶ。

「室長!各支社よりのFAXに原因不明のノイズ発生!」

「室長!自家発電モードにエラー検出しましたッ!」

「室長!」

「室長!」

「室長ッ!」

矢継ぎ早に齎される緊急事態に、一部のスタッフを除く皆が一斉に花京院へ振り向いた。

指示を仰ごうと見詰めた先には。

首筋まで真赤になったままPCの前で硬直する花京院室長という、珍しい姿が見受けられた。






結局エラー発動からウイルスの駆逐まで3時間が掛かり、途中エラーの原因は解明されないまま、システムの復旧へと移行していった。皆が首を捻る中で、コンピュータ室内に居合わせた、日本語を理解できた少数のスタッフだけが、居た堪れない思いをしながら曖昧な返事をするだけで、それでも花京院のプライバシー保護と、円満な会社組織の継続の為、核心については沈黙を守り続けることになった。

そして、花京院はといえば。

突然のトラブルにも下手な咳払いと共に持ち前のポーカーフェイスで何とか態勢を立て直し、ウイルスの駆逐を完了させたのである。

その後ニューヨークへと急ぎ帰った彼は、所謂『別件』について対応後、翌日ベッドから起き上がれない程に疲労したものの、『特別条項』発令と、財団より特別休暇の支給、更には特別報酬のおまけ付きで心身ともに充分な回復を図ることになったのだが。

詳細はプライバシーに関わることであるので、割愛する。







2008.3.15