雪見の会



 昨夜から降り続いた雪は朝になって一面の銀世界に変わった。
瀞霊廷内を彩る銀色は、朝から目に眩しく、吐けば白い吐息が顔の前に吹きあがり、官舎を足早に行き交う死神達は皆、薄衣の装束の為に肩を竦めて各隊舎へと向かっている。

執務室へと通じる濡れ縁を、しっかりと防寒具に身を包んだ浮竹十四郎が庭の雪にしばし目を止めながら歩いていると、行く手に見慣れた隊長の白羽織が目に着いた。背中に大きく『六』と記されたその羽織の主は、浮竹と同じく中庭の雪を愛でているのか、瞬きもせずに静かな視線を外へと向けて、静かにたたずむ。

「おはよう、朽木隊長。」

手を軽く上げて挨拶をすれば、名前を呼ばれた六番隊隊長はゆっくりと頭のみを向けて浮竹を認めると、僅か会釈ともいえない程に首を垂れて、伏し目になることで挨拶を返した。
上級貴族の内でも四大貴族ともなれば、身分の高い者から挨拶をするなどという事はまずなく、しかし規律を重んじる朽木隊長以下六番隊の気風ともなれば、かけられる声に黙認するのみということもいかないのだろう。瞬き程の小さな動きではあるが、浮竹の挨拶に返事を返す彼の、譲歩とも礼儀ともとれる挨拶に、気さくさと寛容で知られている浮竹も気にもせずに朗らかな笑みを返す。

「積もったね。通りで寒いと思った。」
「………………。」

ふ、と両手を口元に当てて息を吹きかければ、薄雲のような吐息のぬくもりに手を擦り合わせる。厚手の足袋を小さく爪先同士で刷り合わせるしぐさは決して上品とは言えないが、一面の雪に免じて、それほどの行儀の悪さも目を瞑ってくれるだろう。
装束の下には同じく厚手の襦袢を着こんでいる浮竹は、寒さに弱いというよりも、病がちであるわが身を守る術で厚着をしているものの、さすがに下の隊員への示しも付かないからと、装束から下穿が見えないようにときっちりと襟元まで隠している。
対する白哉はといえば、身に着けているのは隊長格の白羽織の他は銀白風花紗のみで、普段の彼の格好と変わりはない。薄衣の死神装束にも微動だにしないのもさることながら、涼しい表情は寒さなど微塵も感じぬとでも言っているようだ。

「これだけ積もれば、雪遊びも楽しめるんじゃないかな。うちの隊の子達なんか喜んで雪合戦でもしそうだね。」
「…無粋な。」

『寒い時には身体を動かすに限る』と浮竹の声に耳を傾ける…返答は無いものの話を聞く意思はあるようだ、彼は無言のままじっと浮竹に目を向けているのだから…白哉に、笑いながら続けると、彼が開口一番発した声に、『おや』と一瞬耳を疑った。

おおよそ、沈着冷静で通っている朽木の当主は、自分のペースさえ乱されなければ、廻りが少々羽目を外して騒いだとしても、我関せずと意見を挟むことはない。けれど子供の遊びを冗談半分に語った浮竹に返した『無粋』の一言に、彼が意外にも、この雪を愛でているのだと知る。
そういえば、彼の斬魄刀である千本桜はその名の通り、刃を振りかざす時は無数の桜の花弁を模した形になるという。冬の霜降る朝の静けさのような、朽木の横顔は、成る程季節にしてみれば、うららかな春というよりは今の季節に相応しいが、彼の斬魄刀しかり、静かに風流を解し風雅を愛でるのだと彼の意外な一面を垣間見て、浮竹は少なからず感嘆するのだった。

並んで中庭を見渡せば、池には薄氷がはり、踏み石だけを残して枯山水に雪が積もっている。植え込みの緑も雪化粧を施して、しんと冴えわたる空気は、成る程鳥の羽ばたきの音すら聞こえず、時折一房の雪が枝葉から滑り落ちる様はいかにも静寂に満ちて風流だ。
これでは若い死神達の快活な笑い声や所せましと駆けまわる闊達な姿は白哉の言う通り『無粋』であるだろう。

それにしても風流とは。
昔、まだ白哉が髪を束ねていた時分には少々はねッ返りの性格で、何かとすぐ熱くなる質では及びもつかなかったその言葉も、今は静寂の中に耳を傾ける程の風情を楽しむ心持を身に着けている。
白哉が子供の時分から彼を知っている浮竹は、そんな彼の成長を一方で昔を懐かしみ一方で今を楽しみ、月日の流れを感じるのだった。



しばし会話を途切れさせたまま二人並んで雪景色に見惚れていると、軽く板間を踏みしめる足音が近づいて来る。
大人にしては間隔の短い調子と軽やかな音に、振り返らずとも誰かと知れて、浮竹は振り返る前にその足音の主を思いだして自然笑みを浮かべた。

「お早うっす。浮竹隊長、朽木隊長。」

振り返れば肩の目線よりも俯いて、声の主に微笑みかける。みると白銀の跳ねた髪に大きな翡翠色の瞳が浮竹を見上げていて、凛々しい眉が『意外だ』と言っているかのように、二人を見上げていた。

「お早う。日番谷隊長。」

『寒いね』と続けるなり懐に手をやって、手に触れた菓子袋を取り出せば、日番谷はひくりと眉間にしわを寄せる。

「君の斬魄刀は、氷雪系だからめっぽう寒いのには強いだろう?僕はどうも、寒いのは苦手でね。さあ、朝早くから元気に出廷してきた偉い子には、お菓子を上げよう。」
「…いらねっす。」

差し出した菓子袋から金平糖を取り出せば、日番谷は如実に嫌な顔をする。浮竹にしてみれば、この子供を小馬鹿にしているわけでも幼い子供を甘やかせているわけでもないのだが、思わず彼を見ていると、菓子を分け与えたくなるのだからいけない。尤も浮竹にしてみれば日番谷はおろか白哉もまだ子供で、彼らのそぶりもどこか微笑ましく感じるのもいたしかたないのだが。

首を横に振る代わりに背を逸らして浮竹の好意を拒む日番谷に、彼は『いいから』と彼の手を取ると、開いた掌に差し出した金平糖を分け与えた。
『ついでに』と振り返れば、それまで二人のやり取りをみるともなく見つめていた白哉へ向き合って、にこりと一つ朗らかな笑みをくべると、彼の手にも金平糖を落とす。

「要らぬ。」
「いいから。寒い時には甘い物食べると、あったまるんだよ。」
「俺もいらねっす。」
「君たち、年長者の意見は聞くものだよ。」

そろって顔を顰める日番谷と白哉の二人に浮竹は微笑むと、自分も袋から取り出した金平糖を一粒指に抓んで口に放り込んだ。コリ、と角砂糖の欠ける音がして、舌の奥に解ける甘みに笑みを深くすれば、じっとその様子を見上げていた日番谷はしばし口をひんまげたまま逡巡していたが、やがて諦めたように手にした金平糖の一つを口に含んだ。白哉は彼らのしぐさを一瞥するだけで、再び庭に目をやると、手にした金平糖はそのままに、一度長い瞬きを施すのみだ。

三人三様に並んで庭の雪を見守っていると、今度はひらりと艶やかな打掛けが風になびいて、長髪の男が姿を現した。彼は三人を認めるなり軽く手を上げて挨拶し、はだけ気味の袖口からぬっと手を突き出して、無精ひげを撫でさする。

「珍しい組み合わせもあったものだねぇ。三人で雪見かい?」
「おはよう京楽。」
「おはようっす。」
「………………。」

ひらひらと手を振る京楽は、三人の視線にゆっくりと会釈を返して並ぶと、『それにしても善ッく積もったものだ』と感嘆の声を上げる。

「日番谷君は、雪遊びしないの?」
「しねぇっすよ。」

『子供じゃあるまいし』と京楽の声に不機嫌に顎を引いて答える日番谷に、浮竹も苦笑を交える。浮竹に続き京楽にまでも子供扱いされたのがよほど気に食わないのだろう、唇をすぼめて文句を言う姿は、子供それそのままなのに、怒って立ち去ろうとしないのは彼が年よりもずっと成熟した心持ちを持っている証で、隊長達の世間話に話を合わせるだけの冷静さは持ち合わせているようだ。

「そうだよねぇ。こんな綺麗な雪は、雪遊びして地面を汚すのは、ちょっと趣がないねぇ。どうせなら雪見酒と洒落こんだ方が良いかもしれないね。」
「ちょうど、俺達もその話をしていた処なんだ。な、白哉。」
「……………。」

雪というものはある者は心を騒がせある者は心を沈めるらしい、風流を愛する京楽には雪は愛でる物であり、賑やかさや友愛を愛する浮竹は雪に心躍るものなのだろう。日番谷に到っては子供の部分と大人然としている気持ちが拮抗しているようであるが、皆雪を愛でる気持ちに変わりはない。

「ここに酒でもあればね。仕事なんか忘れて楽しめるのにね。」

そういうなり京楽は至極残念そうに顎髭を撫でれば、苦笑いを浮かべて浮竹が返す。

「酒はないけれど、お菓子ならあるよ。まぁ風流には少しばかり物足りないかもだけど。」
「お。いいねぇ。」

幼馴染の会話は、冗談なのか本気なのか、二人は顔を見合わせながら話に興じている。このままでは仕事など放っておいて酒を隊員に運ばせ雪見と洒落こみかねない。それまで呆れ顔で見守っていた日番谷は盛大な溜息を吐いて見せると、そろそろ余興は終わりだと今にも軽い宴席でも催しそうな二人に毒付いた。

「おい。いい加減にしないと、他の隊員の面目にも関わるだろう。此処には仕事に来てんだから、そろそろ執務室に―――。」
「…必要とあらば。」

その場に居座って話しこもうとする京楽、浮竹の二人に割って入り日番谷が制すれば、それまで沈黙を守っていた白哉から声が挙がった。
意外にも3人の会話に加わるそぶりを見せた彼に皆振り返れば、彼は冷徹な視線で彼らを見下しているかと思いきや、

「酒と肴を家の者に運ばせるが。」

既に板間に直に腰を落ち着けて、手にした金平糖を一粒つまんだまま、雪見を楽しんでいた。

「………。」
「………。」
「…冗談だよぅ。朽木隊長。」

なんとかかすれた声を挙げて弁解する京楽に、他の二人も大きく頷いて見せる。
白哉はそのそぶりに眉ひとつ動かさずに『そうか』とだけ答えると、彼らを残して先に執務室へと去って行った。

京楽の戯言を真に受けたのか、それとも彼の我を行く性格の故なのか、3人を残して淡々と雪を愛でる白哉に、三人は唖然とする他なかった。
彼らは朽木百哉の意外性を垣間見た気がした。



その日、雪見の会と称して各隊に宴席の知らせが届いたのは、言うまでもない。





2010.2.19